「江戸切子」の職人として社内ブランドを立ち上げるまで成長した三澤世奈さん。憧れの職業に就く中、私生活では結婚や出産も経験。そんな中、「江戸切子職人としてずっと生きていく」から独立へ。彼女に何が起きたのでしょうか。
妊娠がわかってすぐに親方に報告

── 三澤さんは、ガラスに繊細な模様を彫り込む伝統工芸、江戸切子の輝きに魅せられ、工房・堀口切子に弟子入り。現在は独立してガラス工房kachinaを主宰しています。堀口切子に在籍していたとき、妊娠・出産をしたそうですが、職人の世界だけに大変だったのでは?
三澤さん:妊娠がわかったその日に、親方に報告しました。一般的には、初期は妊娠そのものがどうなるか先が見えないため、職場には安定期に入ってから伝えるという人も多いかもしれません。ただ、切子職人は重いものを持つ場面も多い体力仕事です。妊娠初期こそ、体に負担のかかる作業や転倒のリスクを避けたいと思いました。重いものを運ぶ必要があるときに、同僚に「すみません、お願いします」と頼めるよう、最初から伝えておくことが私の場合は大切だったのです。
── 周囲の反応はいかがでしたか。
三澤さん:みなさん、協力的でした。といっても、何も言わなくても周囲が察して手取り足取りフォローしてくれる…というのとは違います。職場では私が一番弟子であり、女性で、妊娠することも初めて。「みんなどうしたらいいかわからないから、要望は自分から言ってほしい」と言われました。それまでも、自分が率先して社内の働き方のルールなどを整備するような立場だったことや、日々コミュニケーションをよく取る社風であったことはとても恵まれていたと思います。
また、出産後はこれまで通りの時間では働けなくなることを見据え、産休に入るまでに自分が担っていた取引先とのやりとりの業務などを整理して、後輩に引き継いでいきました。
── 育休から復帰して、働き方はどう変わりましたか。
三澤さん:制作作業については、納期のある特注のラインからは外れました。その代わり、納期に余裕のあるレギュラー商品の在庫制作や取材、広報関係を中心に担当するように。
── 育休によるブランクや育児による時間の制約によって、技術面で不安を覚えたことはありますか。
三澤さん:今までみたいに練習する時間がなくなって、「成長できなくなるのでは」という不安はありました。あるとき、大きなお皿型のトロフィーの仕事を頼まれたのですが、緊張で手の震えが止まらないのです。そんな心技体がそろわない状態で意地を張ってムリに作品を仕上げようとしても、満足のいく仕上がりにはならない気がして。だから、「今の自分にはできません」とお伝えしました。
親方からは「できると思ったんだけどね」と、言われて。たしかに以前だったら、新しいものや大物を手掛けるときは、休み時間や前日に少し練習すれば、自信をもってできたはず。それができなかった。ある意味、そういう練習ができないとやりきれない自信のなさ、自分の実力のなさが悔しく、悲しかったのを覚えています。