次女にも難病が発覚…そのとき芽生えた意外な感情

── 明愛さんを育てるなかで、小林さん自身の気持ちはどんなふうに変化していったのでしょう。

 

小林さん:最初のころは、戸惑いと不安ばかりでした。でも、明愛と同じコルネリア・デランゲ症候群の子どもを育てている親の会に入り、心の支えになるような仲間ができました。

 

また、明愛自身にも少しずつ成長が見られるようになりました。歩けなかった明愛が自分の足で歩けるようになったり、表情や身振りで「好き」「嫌い」を伝えてきたり。そうした成長を見るたびに、私の気持ちも少しずつ前を向けるようになったんです。

 

小林明愛 蒼依
明愛さんと6歳差で、次女の蒼依さんが誕生

── 明愛さんの成長を見守るなかで、それまでとは違う視点を持てるようになったということでしょうか。

 

小林さん:はい。それまでは「子どもは成長すれば自然とできることが増えていくもの」だと思っていました。でも、明愛を育てるなかで、歩けるようになることも、自分の気持ちを伝えられるようになることも、決して「当たり前」のことではないんだと気づきました。

 

そう思えたことで、小さな変化や成長にも気づくようになりました。次第に「できないこと」ばかりに目を向けるのではなく、「今できていること」にも目を向けられるようになっていきました。

 

── 明愛さんが6歳のときに、次女の蒼依さんを出産しました。第二子を考えるにあたって、夫婦で遺伝子検査を受けたそうですね。

 

小林さん:はい。第二子にも明愛と同じ病気が起こる可能性があるのではと心配し、夫と私、明愛の3人で遺伝子検査を受けました。結果、「次の子に同じ病気が起こる可能性は、一般的な夫婦と変わらない」と説明を受けました。

 

その後、明愛が6歳のときに蒼依を授かりました。ところが、妊娠中に「心臓に穴が空いているかもしれない。手足が少し短いかもしれない」と指摘されて…。

 

── 遺伝子検査までしたのに、まさかそんな指摘が…。

 

小林さん:「また?なんでうちの子ばかりなの?」って思いましたね。明愛を育てているなかで、さらに支援が必要な子どもが生まれてきたら…果たしてちゃんと育てていけるのだろうかと。

 

ただ、そのとき感じた不安は、明愛のときとは少し違っていました。不安がないわけではないけれど、どん底に沈むわけではないというか。明愛を育ててきたなかで、困ったときに頼れる人たちがいることを知っていましたし、障害があってもその子なりに成長していくことを知っていたからです。

 

夫も子どもたちをサポートできるよう、夜勤のない仕事に転職してくれて。先のことがすべて見えていたわけではありませんが、「私たちで、ふたりの障害のある子どもたちを育てていこう」と前を向くことができました。

 

産後、蒼依は「18番部分トリソミー」と診断されました。18番染色体の一部が3本ある、とても珍しい染色体異常です。蒼依には重度の知的障害と運動機能の障害があり、7歳になった今も、言葉を話したりひとりで歩いたりすることはできません。

「受け入れる」ではなく「受け止める」

── お子さんたちの成長を感じる一方で、思い描いていた子育てと現実を比べてしまうことは、今でもありますか?

 

小林さん:はい。明愛は今、中学生ですが、同じ年齢の女の子がお母さんと買い物や会話を楽しんでいる姿を目にすると「明愛も病気がなかったら、こんな感じだったのかな」って思うことはやっぱりあります。

 

私が母と当たり前のように過ごしてきた日常を、娘たちとも経験したかったんですよね。一緒に買い物をしたり、温泉に行ったり、旅行をしたり。

 

でもそれは、考えても仕方がないことです。だから、そんな思いがよぎったときは、「明愛と蒼依だからこそ、よかったこともある」と考えるようにしています。明愛と蒼依が私の子どもだったから出会えた人がいて、知ることができた世界がある。できなかったことや諦めたことがなくなるわけではないけれど、そうやって自分のなかで折り合いをつけています。

 

──「折り合いをつける」とは、小林さんにとってどのような感覚なのでしょうか。

 

小林さん:「受け止める」という感覚に近いです。できないことや、諦めなければならなかったことはありますし、それを「全部受け入れました」とは言いきれません。「今のこの子たち」をそのまま受け止めていく。「普通の家庭ならこうなのに」と考え続けるのではなくて、「わが家の場合はどうしよう」と考える。

 

すべてに納得できなくても、今の娘たちとの暮らしに、その都度折り合いをつけて過ごしていくことが、わが家の子育てなのかなと思っています。

 

取材・文:佐藤有香 写真:小林昌代