数々のTVドラマや映画に出演し、昭和の名優として知られる根津甚八さん。2000年代に入ってからは体調不良に苦しみ、2010年に俳優業を引退。その6年後、69歳の若さで亡くなりました。15年間におよぶ闘病生活を支えた妻・仁香さんが、ひとり息子が幼い頃感じていた父親への葛藤や、俳優としての夫が「忘れられる」ことの寂しさを語ります。

「人気絶頂から」車いす姿の父親に葛藤した息子

根津甚八 リング
根津甚八さんと出会った頃、東急ハンズで買ってもらったおそろいの「魚のリング」

── 根津甚八さんが45歳、仁香さんが30歳の1993年にご結婚されました。その頃の甚八さんは役者としても人気絶頂で、デートもままならなかったとか。

 

根津さん:私があまりテレビを見ない、芸能にうといほうだったので、出演作品について細かく知らなかったのですが、有名俳優だということはわかっていました。結婚前はちょうどキリンビールのコマーシャルに出ていて、街を歩くと夫の顔がポスターになってあちこちに貼ってありましたから。中山美穂さん主演のドラマ『誰かが彼女を愛してる』に出演していた時期でもあり、大ヒットした主題歌『世界中の誰よりきっと』がよく流れていたので、街中を歩くのは恥ずかしかったようです。

 

── 2年後に生まれた息子さんは、現在30歳になるそうですね。甚八さんは俳優として多忙を極めるなか、幼い頃の息子さんとどのように過ごしていらっしゃったのですか?

 

根津さん:一緒に過ごす時間は、やはり少なかったですよ。息子が小学生になる頃から体調を崩し始めたので、うちの子は家族で外食をした記憶が一度もないと思います。夫は撮影中の落馬がきっかけで長年腰痛に苦しみ、椎間板ヘルニア症の手術をしてもなかなかよくならず、そのうち右眼下直筋肥大(まぶたが垂れ下がり、ものが二重に見える病気)やうつ病を患い、最後は車いす生活でした。

 

晩年は息子の思春期と重なり、周囲にも、自分から「根津甚八の息子」とは打ち明けていなかったです。隠しているわけじゃないけど、周りからもあまり父親のことを指摘されたことがないようでした。そんな息子も30歳になり、現在は救急救命医として働いています。