外食はできなくても、ロケ先で食べた料理を…
── アウトドアな趣味もあり、釣りやバイクも本格的に取り組まれていたと聞きます。
根津さん:釣り、とくにフライフィッシングはかなり凝っていて、「毛針」を自分でつくるするのがこだわり。自作の「毛針」は部屋の一角を占めるほど、いまもたくさん残っています。釣り関連のお仕事をいただき、アラスカやカナダ、シベリアまで行くこともありました。大きな「イトウ」を釣り上げたときは相当嬉しかったらしく、はく製にしていました。いまもわが家に飾っています。
釣りを始める前はバイクに夢中でした。宇崎竜童さんらがバイク仲間で、舗装された道路だけでは満足できず、オフロードへとハマっていきました。やがてフランスやエジプトの過酷なレースにまで参加するほどだったそうです。撮影はスタジオが中心になりますから、自然の中で風を感じながら没頭できる趣味は貴重だったのでしょう。でもそれも、腰を痛め、目の手術をし、うつ病を患い…と体調が悪化するにつれできなくなっていったので、本人は苦しかったと思います。
── 以前のインタビューで、初デートはマスコミの目を避け「うちでパスタを食べないか?」と誘われ、甚八さんからペペロンチーノを振る舞われたという話をお聞きしました。結婚後もオフの日は甚八さんがお料理されることはあったのですか?
根津さん:外だと人の目が気になるので外食はほとんどしたことがなく、家での食事が基本。ロケ先で美味しかった料理を、家族のために再現してくれることもありました。フライフィッシングの仕事でロシアに行った際、そば粉のガレットにキャビアをのせ、シャンパンと一緒に食べたのが感動的な美味しさだったらしく、帰国後、自宅のホットプレートでそば粉のガレットを焼いてくれました。
そのガレットに、みじん切りにしたエシャロットとゆで卵、キャビアをのせ、シャンパンと一緒に食卓に並べてくれたことがあったんです。息子が小学生になる頃には体調が悪くなり始めていたので、家族旅行や外食の思い出はほとんどありませんが、こういう形で旅先の思い出をシェアしてくれていたんですよね。
そういえば夫は、サーバーで料理を取り分けるのが得意でした。まだ役者として駆け出しの頃、ホテルの結婚式場でアルバイトをしていたからだと言っていました。ホテルではバーテンダーとして働いていたこともあり、家でもシェーカーでカクテルをつくって飲ませてくれました。寡黙で愛情表現は不器用でしたけど、家では家族と過ごす時間を大切にしてくれていたんだと思います。
亡き夫が紡いだ縁を今も受け継いで

── 外に出ればマスコミに追われる生活でもあったでしょうし、外食や旅行はやはり難しかったんですね。
根津さん:そうなんです。おつき合いしていた期間も、外食はほとんどしていません。一軒だけ、パスタ好きの夫が懇意にしていたイタリア料理店が京都にあり、夫が病気になってからは出かけられないことを心配して「仁香さん、買い物に出るのも大変でしょう?」と、食材を送ってくださいました。
夫が亡くなってまもなく10年になりますが、いまだに年末には京野菜やお肉、フルーツなどが入った段ボールを届けてくださいます。それを料理して、大晦日には息子や息子の友だちを呼んでみんなで食べて賑やかに過ごします。夫が亡くなっても、育んでくれたご縁や食卓の思い出を受け継いで、故人をしのぶ機会があるのはありがたいです。
取材・文:富田夏子 写真:根津仁香