昭和の名優・根津甚八さんが闘病の末69歳で亡くなってまもなく10年。妻の仁香さんが「無口で愛情表現は不器用だった」と語る甚八さんには、子どものおもちゃを手づくりし、仕事先で感動した料理を家で再現するような意外な一面がありました。

言葉で愛情表現するのが苦手だったけれど

根津甚八 毛針
最愛の夫・根津甚八さんがこだわって日々作っていたお気に入りの毛針

── 根津甚八さんといえば、ハードボイルドで男の色気があり、ファンであることを公言している女優さんも多くいらっしゃいます。家庭での素顔はどうだったのでしょうか? 

 

根津さん:晩年はさまざまな病やケガに苦しんで家に引きこもり、闘病生活は15年におよびましたが、本来はアウトドアやものづくりが好きでアクティブな人でした。DIYが趣味で電動ノコギリを持っていましたし、金づちや釘を何種類もそろえてよく大工仕事をしていました。

 

椅子や踏み台が壊れると、ほとんど修理してくれましたね。夫の家系は矯正歯科医が多いので、手先が器用なのは根津家の血なのかもしれません。画面越しに見る根津甚八はクールでハードボイルドなイメージが根強いかもしれませんが、実際は日曜大工好きなパパという一面もあったんです。

 

── 裁縫や工作もお得意だったそうですね。

 

根津さん:そうなんです。息子が小さい頃はハロウィンの衣装やおもちゃを手づくりしてくれていました。当時『遊☆戯☆王』というアニメのゲームが流行っていて、それをモチーフにした金色のペンダントのようなおもちゃもつくってくれて、息子は喜んでいました。何でも買えば簡単ですけど、言葉で愛情を表現するのが下手な人だったから、手づくり品で愛情を伝えてくれていたのかもしれません。息子はいま30歳になりましたが、そのおもちゃは大切に取ってあります。

 

芝居に使う小道具にもこだわりがありました。NHK大河ドラマ『黄金の日日』(1978)に石川五右衛門役で出演する際には、五右衛門が実在する人物であること、元伊賀流忍者であったらしいことなどを調べ、「手甲」をつけることにしたそうです。イメージ通りのワニ革を自分で探し、小道具さんにつくってもらったこともあったと本人から聞きました。