黒澤明監督作品に多数出演していた名優・根津甚八さんの妻、根津仁香さん。晩年は病や怪我に苦しんだ甚八さんが69歳で亡くなってまもなく10年に。当時は必死に働いて看病してきた仁香さんも60代を迎え、「終活」や「身じまい」に関して思うところがあるといいます。これからの人生に何を残すか選択するなかで、初期のデートで甚八さんに買ってもらった思い入れのある「魚のリング」についても語ってくれました。
夫の根津甚八が亡くなってまもなく10年になる今

── 根津甚八さんが69歳で亡くなられてまもなく10年になります。ジュエリー・プロデューサーとして活躍する妻・根津仁香さんですが、甚八さんとご結婚された時、15歳年下ということが話題になりました。現在は60代に入り、「終活」を意識することもあるそうですね。
根津さん:夫は長年椎間板ヘルニア症に苦しみ、右眼下直筋肥大(まぶたが垂れ下がり、ものが二重に見える病)、さらにうつ病を患い、晩年は車いすでの生活になりました。夫が亡くなった当時、私は54歳。69歳はまだ先だと思って過ごしてきたのですが、60代に入ってから、ふと「夫が亡くなった年齢まで、もうそれほど遠くないんだ」と思うようになりました。そして昨年と一昨年、続けて両親を看取り、ますます死を身近に感じるようになりました。私にとっていちばん身近な家族は息子ひとりです。
いまは元気で仕事もしていますし、やりたいこと、行きたい場所もたくさんあります。でも夫の闘病と死を間近で経験したからこそ、「いつか」と先延ばしにせず、元気ないまだからできることをしておきたい。そんな思いが強くなっています。「終活」という言葉には、どこか寂しい印象がありますが、死ぬための準備ではなく、これからの人生を身軽に、気持ちよく、楽しく生きるための整理だと考えています。そのために、何を残すか、残さないか、人生に必要なものを選び直している段階です。
お金は使いきりたい「寿命がわからないから難しいけれど」
── たとえば、残さないと決めているものはあるのでしょうか?
根津さん:はっきり言って、自分のお金は死ぬまでに使いきりたいんです。私の両親は財産をほとんど残さずに旅立ったのですが、だからこそ、私を含めて4人の子どもたちはお金でもめることがなかったんです。それぞれが平等に感じましたし、いまも仲良く過ごしていられるのは、そのおかげじゃないかと感謝しているんです。
親が節約ばかりして暮らすより、元気なうちに自分の人生を楽しむためにお金を使いきってくれたほうが、私はいいと思っています。「お金を残されているから、親の面倒見なくちゃいけないのかな」って、ひとり息子に余計なプレッシャーを与えたくないんです。「いつか」ではなく「いま」を楽しまないと、「いつか」は来ないかもしれないんです。華やかな俳優生活の裏で闘病に苦しんできた夫の人生を最後までそばで見てきたからこそ、残りの人生を怖がりながら過ごしたくはありません。
人生って予告ができない。病はある日突然くる。想像できるような未来なんてほとんどないんです。だって私、結婚した際の会見でマスコミに「仁香さんは結婚後どうなりたいですか?」って聞かれて「専業主婦になりたい」って答えているんですよ。その8年後に夫が病に倒れ、家計を支えるためにアクセサリーのプロデュースを始め、17年も続いているんですから。その仕事を紹介してくれたのも、夫のマッサージ師さんだから、本当に人生は思いがけないことの連続です。
── いわゆる「身じまい」も進めていらっしゃるそうですね。
根津さん:若い頃に建築関係の仕事をしていたこともあり、インテリアを整えるのが好きなので、わりとふだんから整理整頓は意識しているんです。でも最近は、ものを捨てることが多くなりました。私に何かあったときに、息子が業者に頼んで大量の荷物を片づけてもらうようなことがないようにしたいんです。
若い頃は「いつか使うかもしれない」「まだ使えるのにもったいない」と思い、さまざまなものを持っていました。でもいまは「これはこれからの私に本当に必要なのか」と考えるように。物を減らして家が整うと、不思議と気持ちまで軽くなります。
いまの時代は「デジタルの終活」も必要ですよね。最近、Instagramのアカウントが乗っ取られ、Googleで自分の名前を検索すると、その偽アカウントが本人のもののように表示されてしまう経験をしました。自分はここにいるのに、インターネットには「自分ではない自分」が存在しているように感じましたし、長年大切に積み上げてきた記録や人脈が崩れ去るようで怖かったです。それ以降、メールや写真などデジタルデータの終活、引き継ぎについても考えるようになりました。