男手ひとつで3人の息子を育てあげた「元祖イクメン」のマイク眞木さんと子連れ再婚をした妻・加奈子さん。息子たちからリスペクトされるも、かなりの放任主義だった夫の教育方針に、再婚直後はとまどいも少なくありませんでした。でも血のつながりや積み重ねた時間がないからこそ、加奈子さんは家族の繋がり役として関わり続けてきました。
子連れ同士の再婚、夫は予想以上の放任主義で

── 再婚は夫婦ふたりだけで完結するものではありません。双方に子どもがいれば、新しく家族になる人たちとの関係作りも始まります。マイク眞木さんは3度目、加奈子さんは2度目の結婚。当時、マイクさんには3人、加奈子さんにも前の結婚で生まれた息子さんがいました。お子さんたちは再婚をどう受け止めたのでしょうか。
眞木さん:交際中から主人やその家族とお互いの家を行き来していたので、子どもたちは結婚そのものに大きな抵抗はなかったと思います。主人の3人の息子たちはすでに独立していて、長男の蔵人も「親父をよろしく」と、とてもフランクでした。偶然なんですけど、主人の息子たちにも私の息子にも、名前にみんな「人」の字が入っているんです。名前だけ並べると、誰が連れ子なのかわからないくらい。そこにも不思議な縁を感じましたね。
── マイクさんといえば、男手ひとつで3人の息子を育てあげた「元祖イクメン」のイメージもあります。
眞木さん:世間ではそういうイメージを持たれがちなんですが、実際は手厚く世話をして育てたというより、かなりの放任主義だったと思います。主人自身、7歳のときにお母さまを亡くし、舞台美術の仕事をしていたお父さまに男手ひとつで育てられています。
だからなのか、自分の息子たちにも「自分のことは自分でやる」というスタンス。その距離感が息子たちには合っていたんでしょうね。今でもみんな父親へのリスペクトがありますし、やることもどこか似ています。
── その放任主義は、加奈子さんの息子さんに対しても同じだったんですか。
眞木さん:主人は私の息子に対しても、必要以上に構ったり世話を焼いたりすることはありませんでした。でも私にとっては、ふたりの関係が一番の心配ごとだったので、なるべく一緒に過ごす時間を作ろうとしていたんです。だから当時は「もう少し息子に気をつかってくれてもいいのに」と、主人を冷たく感じることもありました。
テレビなどで主人が家族の話をするときも、つい「息子が3人いて」と言うことがあって。それだけは許せなくて、「3人じゃなくて4人でしょう!」と何度も言いました。主人は「長いこと3人だったから、つい言っちゃうんだよ。悪気はないんだよ」と言うんですけど、私は「悪気がなくても、そこは気をつかってほしい」としつこく言いました。
あるとき主人が自然に「うちは息子が4人いて」と話している姿を見て、ようやく私の息子も、「息子のひとり」として自然に数えられるようになったんだな、と感じて嬉しかったですね。
母看病で突如「息子と夫のふたり生活」へ
── その後、息子さんが中学へ進学するタイミングで、千葉の家で初めて一緒に暮らすことになったそうですね。
眞木さん:結婚後3年ほどは、お互いの仕事の事情もあって都内で別々に暮らす、週末婚のような生活だったんです。主人は以前から千葉に家を持っていて、息子の中学進学を機に「ここでみんなで暮らそう」と言うので、私と息子も千葉へ引っ越しました。ところがその直後、それまで一緒に暮らしていた私の母が倒れてしまったんです。ちょうど、主人との間に生まれた娘・花が保育園に入園したばかりの頃でした。私は花を連れて母の看病に付き添うことにして、千葉の家には主人と中学生の息子がふたりきりで住むことになりました。それが3か月ほど続いたんです。
ふたりが一緒に暮らすのは初めてだったので「お互い気をつかうだろうな」と、心配でした。すると翌日、息子から「お母さん、食べるものがない」と不安そうな声で電話がかかってきたんです。冷凍庫にはいろいろ入れておいたんですが、何日分もあるわけではない。私は当然、主人が何か用意してくれると思っていたのに、いっさいしてくれなくて。放任にもほどがあると、そのときはものすごく腹が立ちました。
── ふたりきりの生活を心配していた矢先に、中学生の息子さんから「食べるものがない」と電話が来たら、母親としては気が気じゃないですよね…。
眞木さん:初めて一緒に暮らす連れ子なんだから、普通はむしろ気をつかっていろいろ世話を焼くものじゃないかと思っていました。息子がかわいそうで、電話口で私のほうが泣いてしまったくらいです。私も意地になって、主人が自分から何かしてくれるのを待っていたんですが、なかなか思うようにはならなくて。結局、近所でお世話になっていたご夫婦に事情を話したら、食事を作って届けてくださって本当に助かりました。
でも後になって、実の息子たちのときもまったく同じ接し方だったとわかったんです。主人には悪気がない。実の息子だから、連れ子だからと接し方を変える人でもなかった。私はそこを理解するまで時間がかかりましたね。
── ふたりきりで暮らした3か月、息子さんはマイクさんをどう見ていたのでしょうか。
眞木さん:1週間ほどすると、息子からの電話がぱったり来なくなったんです。どうしたのかと心配していたら、学校で仲のいい友だちができて、そのお母さんが「うちにご飯を食べにおいで」と、面倒を見てくださっていたみたいで。
あとで知ったのですが、息子は友だちに主人のことを「何を考えているのかわからない」と相談していたそうです。私には何も言わなかったので、心配をかけまいと思っていたのかもしれません。そのうち息子なりに「親父は頼りにならない」とわかったのか、自分で何とかするようになって、千葉での暮らしのなかで体力的にも内面的にもたくましくなっていきました。主人とも、べったり仲良くなったわけではありませんが、3か月の間には多少は協力し合っていたようです。振り返れば、私が最初に心配していたほどではなく、ふたりなりに折り合いをつけて暮らしていたんだと思います。