卵子提供や不妊治療代は1000万円以上に及び

こりんご
2023年7月、マタニティウェディングフォト

── ふたりの意思がようやくそろったとき、こりんごさんは44歳でした。年齢を考えれば一刻も早く治療へ進みたいところですが、最初の1年は自己流のタイミング法を続けています。なぜ、すぐに不妊治療へ進まなかったのでしょうか。

 

こりんごさん:当時の私は不妊に対する知識がほとんどなく、避妊を辞めれば自然に授かると本気で思っていました。ところが、避妊なしのタイミング法を続けても一向に妊娠しません。卵子の老化を考えれば当たり前のことだったんですけれどね。そこで、貴重な1年を無駄にしてしまったわけですが、不妊治療について考え方を見直し翌年の45歳から体外受精を始めることになりました。

 

── 45歳で初めて不妊治療クリニックを訪れると、すぐに卵子提供を勧められたそうですね。日本では「卵子提供」という言葉を聞き慣れない人も多いと思います。具体的にはどのような方法なのでしょうか。

 

こりんごさん:ドナー(提供者)から提供された卵子にパートナーの精子を体外受精させ、できた受精卵を自分の子宮に戻して妊娠・出産する方法です。ただ、日本では卵子提供をめぐる法の整備が十分とはいえず、制度上、曖昧な部分が残っており、あまり情報が出回っていません。私は、はじめは自分の遺伝子にこだわっていたので、卵子提供に抵抗があったどころか、完全拒否していました。

 

── 当時のこりんごさんにとって、「自分の卵子で産むこと」には、どんな意味があったのでしょうか。

 

こりんごさん:私は日本で生まれて日本で育ったので、日本の血筋を大事にするマインドが根付いていたんだと思います。しかも、卵子提供はアメリカに来てから知ったので、他人の卵子を自分のお腹に戻すという未知の世界を受け入れられなかったんだと思います。だからドクターには「私には卵子提供という選択肢はありません」と言い放ちました。

 

しかし、現実は甘くありませんでした。年齢とともに採れる卵子は1、2個になり、受精しても育たない。それでも諦めきれず、48歳までに16回採卵しましたが、一度も妊娠には繋がりませんでした。

 

── 治療への考え方が異なるうえ、費用も膨らんでいく。ふたりの間で衝突することはなかったのでしょうか。

 

こりんごさん:なかったです。妊娠を強く望んでいたのは私のほう。それなのに費用を折半すれば、いずれ彼に不満が出る。自分の意思で続ける治療だから、費用も責任も自分で負うと決めました。

 

また、彼は養子縁組でもいいと言っていて、私が不妊治療をすること自体、あまり賛成していませんでした。私の身体に負担がかかることを心配してくれていたんです。

 

── 時間と費用をかけても、自己卵子では妊娠に至りませんでした。そこからあれほど拒んだ卵子提供へ進めたのはなぜですか。

 

こりんごさん:費用が膨らんだことやどんどん年齢を重ねていくこともあり、彼とは一度「子どものいない人生をふたりで楽しもう」と話し合ったんです。私も諦めるつもりでしたが、気づけばドナーリストを見ていました。そのとき、自分が本当に望んでいたのは、DNAを残すこと以上に自分の身体に子どもを宿し、産み、育てることなんだと気づいたんです。とにかく子宮という機能を使わずして死ねない。妊娠・出産を体験、体感しなくてはと思っていました。

 

── ドナーはどのように選ぶのでしょうか。

 

こりんごさん:写真やプロフィールを見ながら、まるでお見合い相手を探すように自分で選ぶんです。すごく悩みましたが、できるだけ私に似た子が生まれるように、条件は、「日本人」「私の身長に近い」「私と同じ血液型」の遺伝するであろう3つに絞りました。

 

ちなみに学歴や性格にはこだわりませんでした。高学歴のドナーほど謝礼が高額になるという事情もありますが、それよりも、学歴も性格も親の育て方次第だと思っていたし、ドナーのプロフィールの自己PRは自己申告なので、ドナーさんも選ばれるためにいいことしか書いてありません。

 

ドナーさんへの謝礼は当時のレートをハッキリ覚えていませんが、7500ドルを支払いました。最終的な費用は自己卵子での治療に約4万5000ドル、その後の卵子提供の謝礼や治療費として約4万5000ドル。総額は約9万ドル、日本円で1000万円以上です。20代から働いて貯めたお金を、ほとんど使い果たしました。