49歳の妊娠、世間の声と伝えたい思い
── 結果、49歳にしてようやく命を授かります。ところが妊娠を公表すると祝福ばかりではなかったそうですね。
こりんごさん:ニューヨークでは「コングラチュレーション」と祝福されるだけでした。でも日本向けに発信したときは賛否両論で、治療中からSNSの発信を見てくださった方たちは喜んでくれましたが、私の過去の苦労を知らない方たちからは、年齢だけで「マジか」「キモい」といった反応がありました。さらに、「49歳で産むなんて親の身勝手」「子どもがかわいそう」「子どもが20歳のとき、あなたは何歳なの」という批判や、容姿への攻撃もありました。
ヘイトって、100個の「おめでとう」をもらったとしても、たったひとつでかなりへこむんですよ。最初は言い返していましたが、全部に向き合えば精神的にもきついし、時間も奪われる。今はスルーするようにしています。
── 妊娠中には日本へ帰国し、軽井沢でマタニティウェディングを挙げています。そこにはどのような思いがあったのでしょう。
こりんごさん:結婚したときはコロナ禍だったので、自宅でオンライン結婚式を挙げただけでした。もともと、結婚式にお金をかけるのは無駄だと思っていて、地味婚で十分という考えだったんです。ところが卵子提供によって妊娠し、「本当に私のお腹に命が宿っている」というリアルを家族に直接見せたいと思うようになりました。それで、軽井沢で式を挙げることにしたんです。妊娠していなければ式は挙げなかったでしょうね。
ドレスはあえてお腹の目立つマーメイドドレスを選びました。これから生まれて来る息子に「このお腹の中に君はいて、パパとママと一緒に結婚式を挙げたんだよ」と、いつか伝えるためでもありました。それと、ずいぶん遅くなってしまいましたが、ウチの母にも花嫁姿を見せられて親孝行できたと思ってます。
日本への帰国はもちろん医師には事前に相談し、「注意点を守れば問題ない」と確認をとってのことでした。ところが、妊娠中の14時間のフライトには、一部の視聴者から「妊娠中に飛行機に乗るなんて」「親のエゴだ」「子どもはおもちゃじゃない」という批判もありました。でも、家族に妊娠のリアルを見せることは、私にとって絶対に果たしたい重大なミッションだったんです。
結婚式の様子をSNSに投稿すると、日本のSNSのみなさんからは、「その年齢でマタニティウェディングなんか無理してやることか」「アラフィフでウェディングドレスは痛い」など、とにかく高齢での結婚式を批判する人が多かったです。
でもそんな周りの目を気にせずに、結婚式を挙げて本当によかったと思っています。
── 出産後、初めて息子さんを腕に抱いた瞬間、何を感じましたか。
こりんごさん:感慨無量とはこのことを言うんですね。人生で一番衝撃的な出来事でした。一番会いたかった人にようやく会えたような感覚で、「生きていてよかった」と思いました。血筋やDNAが繋がっていないことなんて考える暇もなかったです。へその緒で39週間繋がっていましたから、これ以上の繋がりはないですよ。
血の繋がりの不安や迷いなんて、迷ってたら卵子提供になんて進めていなかったし、この選択を決断したときから吹っ切れていたので、こんな風に誰かに聞かれない限り、すっかり卵子提供を受けて出産したことなんて忘れているくらいです。
お腹の中で我が子を育て、無事に生まれて来てくれたことに、ただただ感謝でした。
── 妊娠・出産の公表には多くの祝福が寄せられたいっぽう、厳しい批判も受けました。それでも発信を続けるのはなぜでしょう。
こりんごさん:一番は、自分の人生の記録として残したいからです。ただ、発信する以上、私の経験から知ってほしいこともあります。私は決して高齢出産を勧めているわけではありません。「49歳で産めた人がいるなら、私もまだ大丈夫」と周囲には思ってほしくないんです。
私は妊娠できる年齢や卵子凍結について知らず、何度も遠回りしました。妊娠や出産を望む可能性がある人には、年齢とともに妊娠が難しくなることや、卵子凍結という選択肢を早いうちから知ってほしい。私のように、知らなかったことで後悔する人を増やしたくない。自分の記録を通して、そうしたことも伝えられたらと思っています。
取材・文:西尾英子 写真:こりんご