「この運動は難しい」と勝手に判断されてしまい

── 学校生活についてもお聞かせください。幼保連携型認定こども園(幼稚園と保育園が一体化した施設)に入ったのち、小学校では学校の勧めもあって「特別支援学級」に在籍することになったそうですね。
村上さん:こども園から一緒だった子も多かったし、魂児の明るい性格もあってか、とくに子ども同士で何か言われたという話は聞いてないですね。魂児自身、小学3年生の夏休みの自由研究では自分の病気について発表をしていましたし、内にこもる感じではなかったと思います。
ただ、小学3年生の10月から4年生の11月までの約1年、右足の偽関節の手術と、足の骨を伸ばす2つの手術とリハビリのため、病院に入院したんです。その間は、病院の近くにある、入院しながら通える特別支援学校に通うことになりました。
コロナ禍だったので入院中は面会制限があり、私か妻が交代で魂児に会いに行きましたが、小学生の子どもにとって学校が変わったうえに、家族と離れて過ごすのはすごく寂しかったんじゃないかなと思います。
── 心細さを感じながらも、病院では装具をつけて歩くリハビリをされたそうですね。小学4年生の11月に退院後は、もともと通っていた小学校に戻られたのでしょうか?
村上さん:はい。
そのため、復帰するにあたって学校には「魂児は自分の意志をしっかり持っている子だから、今後、何かある場合は魂児と相談してから決めてほしい」とお願いしました。
── 相談があるかないかで、まったく受け止め方も変わりますからね。その後、中学生に進学すると、魂児さんの希望もあって普通学級に在籍されたそうですね。
村上さん:はい。中学校にはいくつかの小学校から生徒が集まってきますが、中学校が各小学校に、魂児のことを事前に説明しておいてくれました。その甲斐もあり、中学でも仲間に恵まれました。卓球部に入り、装具をつけながらも活動に参加したし、すごくいい環境で過ごせたと思っています。