難病「レックリングハウゼン病」によって、顔に腫瘍ができ、歩行には装具を必要とする村上泰大さんの三男・魂児さん。幼い頃から周囲の心ない視線に傷つきながらも、小学6年生にして自身の病気についてSNSで発信を行うなど、積極的に社会との関わりを持ってきました。そこには「病気を理由に我慢する必要はない」という、父・泰大さんの願いがありました。

「健康な身体で産めなくて…」と妻は涙した

村上魂児
魂児さん小学3年生の夏休みに家族で長野の白樺に行ったとき

── 現在、高校1年生になる村上さんの三男・魂児(こんじ)さんは「レックリングハウゼン病」(カフェ・オ・レ斑、神経繊維腫という皮膚・皮下の病変を特徴として、骨、眼、神経系などさまざまな病変を生じる)という難病を患っています。顔に腫瘍があり、右足は装具をつけて歩いているそうですね。まず魂児さんが生まれたときの状況について教えていただけますか?

 

村上さん:病院から子どもが生まれたと連絡が来て職場からすぐに駆けつけると、魂児は別室にいると言われました。別室で対面を果たしたのですが、なんだか顔に違和感がある。上の二人の子どもに比べて何かが違うような気がしました。

 

その後、妻の病室に戻ると先生が来て、「ちょっと気になることがある」と言われ、すぐに大学病院に救急搬送されたんです。何がなんだかよくわからないまま大学病院に着くと、病理検査のために顔の腫瘍の摘出手術をすることに。生まれて4、5時間後の話です。

 

病理検査の結果、「レックリングハウゼン病」と言われましたが、初めて聞く名前だし、難病と言われても実感がすぐにはわかなかったですね。

 

── 病気の症状について医師からどのように説明を受けましたか?

 

村上さん:顔の腫瘍は成長とともに少しずつ増えて、腫瘍自体も大きくなって、腫瘍の重みで顔が垂れ下がる。外見にも変化が現れると。また視神経にも腫瘍がある影響で緑内障もあって、左目はかすかな光程度しか見えていないと言われました。

 

難病だけど「今すぐ命に関わる病気ではない」と聞いてホッとした部分はありましたが、妻は「健康な身体で産んであげられなくてごめんね」と毎日、涙を流していました。

 

退院後は左目の緑内障の手術をしましたが、時間の経過とともに最終的にはまったく見えなくなりました。2歳のときにずっと泣いているので病院を受診すると、右足首を骨折していることがわかりました。病気の影響で骨が再生しづらいため、偽関節と診断されました。それにより、左右の足の長さが変わってしまい、装具をつけて歩いています。

 

顔の腫瘍は6歳のときに一度、腫瘍をとる手術をしたのですが、その後も腫瘍は増え続け、高校1年生の夏に再び手術をしました。