「次の子に遺伝する可能性は低い」。そう説明を受けて臨んだ出産翌日、次女も長女と同じ重度障害が判明した運上佳江さん。周囲の哀れみをはね返し「障害を理由に諦めない」と決意した母は、みずからデイサービスを開業。「かわいそう」な現実を覆し、親子の居場所を開いた新境地とは。
私だけは「おめでとう」と喜ぼうと思った

── 4人の娘を育てながら、重症心身障害児者向けのデイサービスなどを運営する運上佳江さん。長女と次女には重い障害があり、医療的ケアが欠かせません。ただ、長女の障害は、妊娠中にも出産直後にもわからなかったそうですね。最初に「何かが違う」と感じたのは、どんなときでしたか。
運上さん:「ミルクの飲みが悪いな」というのが最初の違和感でした。でも体重は増えていたので、1か月健診では何もわからず、3〜4か月健診でも「もう少し様子を見ましょう」と言われたんですが、引っかかるものは残りました。
6か月になっても首がすわらず、大学病院でMRI検査を受けたら「脳の一部がない」「成熟していない」と告げられたんです。当初は遺伝しないとされる違う病気が疑われ、「次の子に同じ障害が現れる可能性は低いでしょう」と説明を受けました。
── とはいえ、重い障害のあるお子さんがいると、次の子を産むことに躊躇する方も多いと聞きます。第2子の出産には葛藤があったのでは?
運上さん:すごく悩みました。先生の言葉を信じたい一方で、同じ疾患だったらという不安もある。でも「元気な子だったらどんな感じなんだろう」「普通の子育ても経験してみたい」という気持ちが強かったんです。
ところが、生まれた次女は長女と重なって見えました。髪は金色がかり、肌も白い。ミルクの飲みも悪い。大学病院での出産だったので、すぐに頭部のエコー検査を受けると、「お姉ちゃんと同じ障害かもしれない」と言われました。
── 「次の子に遺伝する可能性は低い」と聞いていたなかで、出産翌日に同じ障害の可能性を告げられたんですね。
運上さん:ショックですよね。先生からは「障害のある子を2人育てられますか」と聞かれ、施設に預ける方法もあると言われました。でも、目の前の次女は、ただかわいい赤ちゃんでしかない。どちらかを施設に入れるという選択肢はありませんでした。
── 厳しい現実に直面しながら、なぜそれほど気丈でいられたのでしょう。
運上さん:次女が生まれたとき、周囲からは「2人も障害があるなんてかわいそう」と言われて。「おめでとう」と祝ってくれたのは、同じ境遇のママ友だけ。それがすごく悲しかった。「この子の存在って何だろう」って。せめて私だけは「おめでとう」と喜ぼう。思い描いていた子育てをしたいなら、障害を理由に諦めず、全力でやってみればいい。そう決めたんです。今思えば、120%の強がりだったのでしょうね。
その後、当初疑われた病気ではなく、姉妹は非常にまれな遺伝性疾患「Vici(ヴィシ)症候群」(先天性疾患で、重度発達遅滞、脳梁欠損、眼、皮膚. 白色症、易感染性、心筋症などを伴う)だと判明しました。当時5歳だった長女の大脳はほとんどなくなり、「すでに寿命を超えている」と告げられ、頭が真っ白になりました。免疫不全があり、風邪でも重症化する。それでも、感染を恐れて家に閉じ込めることが、子どもたちの幸せなのか。外に出て学校に通い、子どもらしく生きてほしい。「一緒に支えてください」と先生たちにお願いしたんです。