ふくらはぎを褒められインストラクターに転身

松野有里巳
フィットネスレッスン中の松野さん。声を出しながら動き続ける

── 引きこもりの生活を経て、35歳でスポーツインストラクターに転身されました。どんなきっかけがあったのでしょうか?

 

松野さん:通っているスポーツクラブで「ふくらはぎが発達していて立派ですね」と声をかけられ、「かなりハイインパクトな動きもできそうだから、インストラクターになりませんか?」と誘われたんです。

 

じつは役者として舞台に立つなど、芸能活動を少しずつ再開していたのですが、もう元ribbonの肩書も通用しないし、「限界かな」とも感じていた頃でした。また、不妊治療を経て不育症ということがわかって子どもを持つことを諦めた時期でもあり、いろいろなタイミングが重なって「じゃあ、やってみます」と。そこから半年間、インストラクター養成のための学校に通い、かなり密度の濃い研修期間を過ごしました。

 

── 研修を受けてみて何が大変でしたか? 

 

松野さん:半年間でエアロビクスの1レッスンを、最初から最後まで自分でプログラムできるようにならなければ合格できない点は、かなり大変でした。ウォーミングアップからメインの振付、クールダウンまで55分間、選曲も自分で8回くらいは変えて、空調も気にしつつ、声をかけてリードしながら動かなくちゃいけない。手、足、頭、口の動きを全部バラバラに同時進行する感じで。自分で考えたプログラムの発表が毎週あるんですけど、お客さまの前に立ってから叱られるのではプロ失格だから、研修期間に毎日、叱られまくるんですよ。

 

半年後無事に合格しましたが、同期13人の中で合格者は2人だけでした。インストラクターデビューの日は、芸能界にいた頃にも味わったことがないくらいの緊張で、人生でいちばん足が震えました。

 

── お客さんから「元アイドル・ribbonのメンバー」という目で、見られることはありませんでしたか?

 

松野さん:自分から言ったことはないですけど、やはり噂が広まっているのは感じていたので、プレッシャーはありました。始めてから4、5年経つまで毎回、不安でしたよ。「今日どうだったかな?満足してもらえたかな?」って。でも、レッスンが満員になったり、リピーターが増えたりと目に見えて成果が出てくると、達成感が徐々に得られるようになりました。

 

プログラムの構成を考えるのは大変だけど、ワクワクしてもらえるようなレッスンができて、お客さまの顔が明るくなっていくのを見ると嬉しくなります。1日のレッスンが終わるとビールが美味しくて、「これがあるから辞められない」って思います。自分の引き出しを増やすため、ヨガやピラティス、フラダンスやダイエットプログラム、リズムダンスなど新しいことを学び続け、どんどん吸収できるのも楽しいです。

30年振りに活動を再開「チケットは1分で完売」

── 長らく休止されていた芸能活動ですが、最近、乙女塾のメンバーだったみなさんとイベントを開催されていますね。

 

松野さん:そうなんです。元CoCoの宮前真樹ちゃん、元ribbonの私と佐藤愛子ちゃん、元Qlairの今井佐知子ちゃんっていう乙女塾メンバーで、4人の名前の頭文字をとって「まきあみさちあい」として、イベントを開催しています。小さい会場ですけど、ありがたいことに、Xで告知をすると1分でチケットがソールドアウト。今年の10月に東京で、11月には大阪での公演も控えています。愛ちゃんは結婚後、専業主婦をして地方にいたんですけど、子育ても終えて去年東京に戻ってきていて、彼女と2人だけのライブも開催します。

 

── 松野さんはインストラクターをされているから、ライブでもかなり体が動きそうです! 

 

松野さん:若い頃より、50代のいまの方が体力もあるし「声量おばけ」と、言われるくらい声が出るんですよ(笑)。でも、愛ちゃんも体というか血が覚えているんですかね。久し振りに2人で踊っても、リハーサルから手の角度までしっかり合う。32年ぶりに同じ舞台に立っているとは思えないくらい、愛ちゃんの歌声を聞くと「やっぱり私ってribbonだったんだな」と、当時見ていた景色がよみがえってきます。

 

ライブ後はチェキ会もして、ファンの方に「今日のライブどうだった?」と話をして。こんなにファンと距離が近いのは初めてで新鮮です。博ちゃん(永作さん)にも、この活動のことは報告して、「楽しんでね」って言ってくれています。人生初のオフ会も実施しましたし、個人でSNSを使って発信して、昔からのファンと交流できるなんて、いい時代になりました。人生で2回目の青春をしているかもしれないですね。

 

取材・文:富田夏子 写真:松野有里巳