「普通に近づいてきたね」の言葉への違和感

── 今まで思い描いた夢が目の前に迫っていたところで…。その後、4か月入院して退院すると、義足をつけてダンスを再開することに。しかし、ここでも困難が待ち受けていました。
大前さん:今まで当たり前にできていた動きがまったくできませんでした。簡単なステップでさえ転んでしまうし、足があったときのことを体が覚えているのに動けない。徐々にできなくなったのではなく、ある日突然できなくなる絶望、悔しさ、葛藤…。同じように練習していた人たちが活躍していく姿を見て余計につらくなりましたね。「クッソ!」って。
それでも必死に練習して「Noism」の年1回のオーディションを毎年受け続けました。ここに入れなかったら今までやってきたことが全部否定される気がして、すごく執着していたと思います。でも、4年目のときに「きみはNoismのダンサーにはなれない。これ以上オーディションに来なくていい」と言われてしまったんです。目の前が真っ暗になって、その場で泣いてしまいました。
僕もどこか期待していたんだと思います。たまに代表の金森さんにメールをするといい感じで返信をいただきましたが、そうじゃなかった。プライベートで優しくても自分が使うダンサーとしては違う。僕は頑張ったらなんとか使ってくれるんじゃないかって甘えというか、すがるような気持ちがあって、たぶん見抜かれていたんじゃないかなと思います。
── また、学生時代から「バレエ」を踊っていましたが、そこでも苦しんでしまうことに。
大前さん:当時はどれだけ見本と同じような動きができるかが評価されていました。僕も義足をつけて普通の人が踏むステップに必死で近づこうとしましたが、まったくうまくいかない。しかもみんなと同じように長時間踊ると激痛で持久力ももたない。現実を受け入れられず、「義足をつけても義足と思われたくない。障がい者と思われたくない。なんなら元に戻りたい」。そんなイライラが募って「みんな死ね!」って思ってました。かわいそうと扱われることが耐えらなかったし「そんな目で僕を見ないでよ!」って、周りとの距離感を感じてすごく孤独でしたね。
それでも少しずつ前と同じように動けるようになっていくと、年数回ですが、舞台にも復帰するようになりました。周りの人も「よくなってきてるぞ」って褒めてくれました。
でもあるとき「障がいがあるのにすごいね」「普通の人に近づいてきたね」と言われて、すごく違和感があったんです。普通の人に近づいても普通にはならないし、越えられない。周りが褒めてくれても、プロのバレエダンサーとして見られているかは別なんですよ。レッスンに行くのもだんだん苦痛になって、28歳のときにバレエを辞めました。