「生活をするために必死でした」。現役時代には試合給だけでは食べていけず、経済的困窮に悩んだという元Jリーガーの尾身俊哉さん。後輩のアスリートたちを救うために選んだセカンドキャリアは「特殊清掃」という異色の業界でした。しかし「人生をやり直す感覚はなかった」と語ります。

元Jリーガーが特殊清掃の会社を立ち上げた訳

尾身俊哉
セカンドキャリアとして農業もしている

── U-18日本代表にも選出された尾身さんですがケガに苦しみ、いったんはプロの道を諦めたものの、大学卒業時にJ3に所属する横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C.)のセレクションを受けて合格。プロサッカー選手として4年間活動されました。引退後、セカンドキャリアとして選んだのは「特殊清掃」という仕事でした。

 

尾身さん:選手時代に僕を応援してくれた遺品整理会社の社長さんがいて、「バイト料をはずむからたまに手伝いに来てよ」と誘われたんです。不定期でアルバイトをしているうちに、遺品整理や掃除のノウハウが身について。さらに「特殊清掃」という仕事を知りました。

 

──「特殊清掃」会社を起業したのは、ご自身のように夢を追い続けたいアスリートを、金銭面で支えたいからだったそうですね。

 

尾身さん:はい。僕が現役中にもっとも苦しんだのはお金のことでした。試合給だけでは生活できず、もう必死で。金銭面での余裕がないことが大きなストレスだったので、同じような境遇の現役選手を少しでも収入面で支えられたらと。高額収入が期待できる特殊清掃なら、それができると思ったんです。

 

また、僕は特殊清掃の会社経営と並行して、個人で農業もやっています。僕が引退する前年に、所属していたY.S.C.C.が「農業従事者の高齢化や後継者不足による耕作放棄地の増加」という地域課題を解決するため、農業部を立ち上げたんです。そこに従事して、引退後も1200時間の研修を受け、農業者としての認定を正式にとりました。現在、Y.S.C.C.と連携をとりながら、選手たちに収穫体験、農業体験をしていく活動を1800坪の土地を借りてやっています。

 

── そういう意味では、まったく畑違いの転身ではなく、現役時代から継続するセカンドキャリアなんですね。

 

尾身さん:はい。特殊清掃も農業も、僕のいまの仕事はサッカー選手時代からすべて継続しているものだと思っています。仕事の広がりも、選手時代に応援いただいた方々の人脈に寄るところが大きくて。だから引退後、人生をやり直すという感覚はいっさいありませんでした。

 

── アスリートとしての経験も今に活きているそうですね。

 

尾身さん:特殊清掃の会社は立ち上げ時はひとりでしたが、3か月ごとに写真を増やし、1年半で4人になりました。現場では各部屋にある遺品の処理をチームで連携しなければできません。しかも、危険物が出てくるようなケースもある。チーム力だけでなく、その場の対応力も必要です。将来的には、引退したアスリートを社員として迎え入れ、彼らが自立できる環境を作るために展開できればと考えています。