痛みのなかで呼吸法を変えたら理想の声に

── 手術後、わずか3週間後にはステージに復帰。以前のように大きなホールで声を響かせることはできましたか。

 

麻倉さん:やはりすぐにはムリでしたね。練習で歌おうとして、息を吸い込もうとすると、強烈な痛みが走るんです。手術の影響で胸まわりの筋肉が引きつり、以前のように大きく肺をふくらませて、空気を吸い込むことができなくなっていました。

 

歌いながら「肺のどこに空気を入れるように意識すれば傷口に響かないのか」と必死で試行錯誤しました。そんななか、背中側に近いところに息を送り込めるように呼吸をすると、傷口にひびくことなく深く呼吸ができることがわかりました。おかげで本番では、大きなホールでしっかりと『ヒーロー』などを歌い上げることができました。

 

── 呼吸法を変えたことで、歌声も変化したのでは?

 

麻倉さん:そうなんです!呼吸法を変えたことで、声の響きそのものが以前よりも太く、深くなったんです。術後の私の声を聴いたボイストレーナーの先生からは「あなたが今使っているその響きのポイント、病気になる前から私がずっと指導していた場所そのものよ」と言われまして(笑)。病気で体を痛めたことで、皮肉にも先生が求めていた理想の発声に、自らたどり着いてしまったわけです。

仏教の「声明」との出会いでさらに歌声が進化

── 呼吸法のほかにも、歌声を変える出会いがあったそうですね。

 

麻倉さん:お友だちの誘いで比叡山延暦寺にお参りしたところ、「声明(しょうみょう)」というお経に独特の抑揚をつけて唱える仏教声楽に出会ったんです。通常の読経は低音で淡々と唱えるのですが、声明ではお坊さんたちが高音で朗々と歌い上げていて、天女が舞い降りてくるのではないかと思う美しさでした。

 

「これを習得できたら、自分の歌に必ずいい影響があるはず」という確信が湧き上がって、お寺に「声明を習いたい」とお願いしたんです。最初は冗談だと思われてなかなか叶わなかったのですが、熱意を伝え続けて、ようやく教えていただくことができました。

 

── 習ってみて新たな発見はありましたか?

 

麻倉さん:声明には、西洋音楽のような明確な音階がありません。音と音の間を滑らかに移動していくんです。息を途中で切らさない、うねるような発声法は、使ったことのない喉や胸の筋肉が徹底的に鍛えられました。それによって、歌声も進化しました。倍音といって、1つの音を出すと、同時に違う高さの音が響く、豊かな歌声が出るようになったのです。

 

比叡山に3回ほど通った後に出演した合唱バトルの番組では、共演した高橋洋子さんに呼び止められて。「未稀さん、ひょっとして何か新しい発声のトレーニングを始めたでしょう!リハのとき、あなたの声だけ響いていたのよ。倍音が出てる」と、指摘されました。

 

麻倉未稀
比叡山延暦寺で「声明」(仏教声楽)に出会い、教えを請うた

── 歌声を失うかもしれない危機感から試行錯誤を重ねるうちに、以前よりも豊かな歌声を獲得したわけですね。麻倉さんのようにポジティブにがんと向き合うことは難しいように思えますが、当事者の方にアドバイスはありますか。

 

麻倉さん:がんになると、いろいろなものが損なわれたり失われたりします。いっぽうで、がんになってしまったことで出会える人やコミュニティ、新たな価値観、スキルというものもあり、それを「キャンサーギフト」と呼ぶ人もいます。

 

ただ、がんになった後の変化を「キャンサーギフト」とポジティブに受け取ることは、当事者にとっては難しいですよね。がんになる前のようにはいかないことがたくさんありますし、「再発するかもしれない」という不安もあります。私自身、そうですから。

 

そんなときはムリにポジティブにならず、思いきり落ち込めばいいと思います。本当の底まで落ちきって、しばらくそのまま心を休めましょう。そうしているうちに、あとは上を向いて這い上がるしかなくなります。

 

ひとりで這い上がれそうにないときは、誰かに相談してください。といっても、その相手が家族や友人である必要はありません。むしろ、相手に知識がないために傷つけられてしまうこともあります。おすすめは、大きな病院や自治体にあるがん相談支援センターです。がんのことをよく知るスタッフが相談にのってくれます。私たちが設立した「あいおぷらす」のようながんのサポート団体などがお近くにあれば、それでもいいですね。どうかひとりで悩み苦しまないようにしてください。

 

取材・文:鷺島鈴香 写真:麻倉未稀