忙しくて自分のことは二の次に…。働き盛りの世代ほど、そうなりがちです。しかし、病気は待ってはくれません。10年間がん検診を先送りした末の乳がん発覚。自分のような後悔を他人にして欲しくないと、歌手の麻倉未稀さんは言います。そして、立ち上げたピンクリボン活動。いま支援の輪が広がり、ひとりでも多くの人に周知したいと奔走します。

「歌の仕事もあるし」がん検診を先送りした後悔

── 人気ドラマ『スクール☆ウォーズ』の主題歌『ヒーロー』などで、多くの人を勇気づけてきた麻倉未稀さん。自身の乳がん闘病を機に、がん検診の普及啓発、そして、がん患者やその周囲の人を支える活動をスタートしました。そのきっかけとしては、やはりご自身の経験も影響しているのでしょうか。

 

麻倉さん:ひとつはやはり、がん検診をためらったことへの後悔が大きくあります。みなさんもそうだと思うのですが、30代から50代にかけては、仕事や家事、育児、あるいは親の介護などに追われていますよね。そのなかで「あるかないかわからない自分の健康問題で時間を取っていられない」「もし悪い病気が見つかったら怖いし、家族に負担をかけてしまう」などと、自分のことを二の次にしてしまいがちです。

 

まさに私もその状況で、心臓病の父の手術やその後の入院生活のサポートで「歌の仕事もあるし、それどころじゃない」と、がん検診を受けるのを10年ほど先送りにしていました。

 

そうしたなか、健康番組の企画で人間ドックを受診することとなり、そこで乳がんが見つかったわけです。乳がんの進行度はステージ2、サブタイプはルミナルA。術後の生検の結果も同じでしたが、「もっと早く検診を受けていれば…」と後悔しました。腫瘍の大きさによっては全摘出に至っていなかったかもしれません。サブタイプにもよりますが、5年後、10年後の生存率も高くなります。ご自分はもちろんのこと、ご家族のためにも、皆さんにはきちんとがん検診を受けてほしいと思います。

 

── がんは、見つかってからも大変です。

 

麻倉さん:当時は現在と比べると正しい情報が少なく、探すのに一苦労しました。入院や退院後の生活や準備すべきものなどもよくわからない。「告知を受けた後もこんなに大変なんだ」ということが身に染みていたので、わかりやすい情報がもっとすぐに手に入ればいいのにと思っていました。

「同じ思いをさせたくない」と活動を始めて

── 多くの人にがん検診を定期的に受けてほしい、がんが見つかった人に寄り添った情報提供をしたい…、その思いから乳がん検診による早期発見をすすめるピンクリボン活動を始めたわけですね。

 

麻倉さん:私の主治医である土井卓子先生の講演会を聞きに行って、地元・藤沢市の乳がん検診率がとても低いことを初めて知りました。「自分と同じ後悔を身近に暮らす女性にさせたくない。何かできないか」と、いてもたってもいられなくなって…。土井先生にその気持ちを打ち明けたところ、藤沢でピンクリボン活動をしてはどうかと勧められました。

 

麻倉未稀
藤沢市民まつりに、NPO「あいおぷらす」としてブース出展。缶バッジ作りを楽しんでもらいつつ活動についてアピール

── そうした社会活動に飛び込むのは勇気がいります。

 

麻倉さん:そうなんです。それに、たったひとりで活動するのは心細いですから、仲間がほしいですよね。私の場合、元プリンセス・プリンセスの富田京子さんという仲間を得られたことが大きかった。富田さんとは、土井先生の講演会で出会いました。彼女が講演会で司会をしていたんですよね。彼女自身は乳がんにかかった経験はないのですが、身近な人をがんで亡くされた経験から、ピンクリボン活動に協力されていて。

 

富田さんに「一緒に活動しませんか」と声をかけたら「こういう活動って片手間にはできないですよ。真剣に取り組む覚悟はできていますか?」と聞かれて。そこで活動にかける自分の思いをお話ししました。

 

私たちはアーティストなので、音楽の力を借りながらがんについて伝えていけば、「怖そう」「難しそう」と思わせることなくポップに伝わるんじゃないかな…そう彼女に話したら、「わかった、じゃあ一緒にやろう」ということになって。2018年「ピンクリボンふじさわ」という団体を立ち上げたのです。

 

── 2人のミュージシャンが手を取り合ったわけですね。

 

麻倉さん:ほかのアーティストさんにも声をかけようと思って市役所の許可を得ようとしたところ、たまたま先方も「じつは市のイベントに協力してほしくて、麻倉さんに連絡しようと思っていたんです。市民会館のホールのイベントが決まらなくて…」と、言われて。とんとん拍子に話が進み、その枠を活用してピンクリボン活動のキックオフイベントを開くことができました。