「動けなくなっても背負って運ぶから」

有本奈緒美
娘の七五三で、3人の子ども達との記念写真

── その後、ふたり目の夫との離婚が成立。心に傷を負った有本さんとお子さん達の心の支えになったのが現在の旦那さんだそうですね。

 

有本さん:もともとは長男が通っていたサッカーチームのコーチなんです。つらい目にたくさんあった長男は、大人の目を気にしたり嘘をつくようになり、心配していました。夫もそんな息子をずっと気にかけてくれていたんです。子どもも彼にとてもなついていて、彼もバツイチということもあり、ふたり目の夫との離婚後に親しくなっていきました。

 

彼から再婚の提案もありましたが、私の病気や3人の子どものことを背負わせるのは申し訳なく、なかなか決断はできませんでした。

 

── 病気のことを初めて打ち明けたときの旦那さんの反応はいかがでしたか。

 

有本さん:将来寝たきりになる可能性のある病気ですから、最初に話したときはショックを受けていました。でも「病気があってもなおちゃんはなおちゃんだから。動けなくなっても自分が背負って運ぶから」と話してくれて。そのまっすぐな気持ちがとても嬉しかったです。

 

── それから2014年に有本さんはHTLV-1関連脊髄症の正式な診断を受けたそうですね。

 

有本さん:長年、足の不調を感じていたのになかなか診断が出ずにモヤモヤしていたので、ホッとした気持ちもありました。でも冷静に考えると、小学生と保育園の3人の子どもがいるのに、自分は歩けなくなっていく。「日常生活すらままならなくなる」とだんだん恐怖を感じるようになっていきました。

 

── 葛藤があったなかで、再婚に至ったきっかけはなんだったのでしょうか?

 

有本さん:診断後、だんだん症状がひどくなって歩くのには杖が必要になり、当時住んでいた団地の5階の部屋への行き来がつらくなっていました。そのことを彼に話したら、「結婚して引っ越して一緒に暮らそう」ということになったんです。

 

夫にとっては非常に大きな決断だったと思います。私も彼の人生の重荷になるのではと申し訳ない気持ちがあるいっぽう、次第に足が動かなくなっていく恐さのなかで彼がそばにいてくれることはありがたく、再婚を決めました。

 

ただ、私は夫のご両親には再婚を反対されるんじゃないかと思っていたんです。でも、夫が結婚の話をしたところご両親は「あなたがその人と結婚したいんだったら、そうすればいいじゃない」と受け止めてくださったそう。その後、私も子どもも温かく迎えてくださって、今も実の家族のようなつき合いが続いています。

 

── 再婚後の生活はいかがでしたか?

 

有本さん:元夫の態度を見ていつもどこか不安げだった子どもたちも、夫と家族になってからはのびのびとした様子を取り戻していきました。夫は誰とでも友達になれるようなパワフルな性格。サッカーのコーチをしていることもあって子どもと向き合うときも全力なんです。優しいときは優しく、悪いときはしっかり叱る。子どもにも、自分のことをしっかり考えてくれていると伝わったんだと思います。

 

私は足の麻痺が進み車椅子生活になりましたが、「車椅子でも仕事がしたい」と思い、障害者雇用で就職、その後バリアフリーのネイルサロンを開きました。どんなときも夫は否定せず応援してくれました。その大きな優しさが本当にありがたかったです。

 

── 再婚から12年が経ちます。現在のご家族の関係はいかがですか?

 

有本さん:今、子ども達は20代と10代後半になりました。今も夫と血が繋がっていないことを忘れるくらい家族で仲がよくて。夫がお父さんになってくれて本当によかった。つらい経験もしましたし、子ども達にも大変な思いをさせましたが、やっと安心して暮らせる家族の形を見つけられたと思います。

 

取材・文:阿部祐子 写真:有本奈緒美