「ママのこと恥ずかしいと思ってるんでしょ」

── 外に出るのもつらい。しかし、家にずっといる生活もつらかったと思います。

 

有本さん:仕事を辞めて社会との繋がりがなくなり、ひとりではお風呂や家事など基本的なこともできず、毎日ベッドに寝ているだけ。「死にたい」という気持ちでいっぱいでした。

 

そんなある日、夕食のときに長男が小学校の授業参観のお知らせを持ってきたんです。その手紙を見たときに、障害があることでわが子の授業参観すら行けない現実を見せつけられた感覚があって。「他のママができることが私にはできない」という引け目も一気に押し寄せてきて。あまりのつらさに気持ちが抑えられなくなって、号泣しながら子どもたちに「ママのこと、恥ずかしいと思っているんでしょ」と気持ちをぶつけてしまいました。

 

──「恥ずかしい」というのはどんな気持ちから出た言葉だったんでしょうか。

 

有本さん:子ども達にはまったくそんなそぶりはなかったんですが。家族に迷惑をかけていることへの申し訳なさがありましたし、それまで一生懸命、育児や仕事をしてきた自分と、何もできない自分の差があまりに大きかったこともあったと思います。「子ども達に何もしてあげられない自分は、お母さんでなくなってしまった」という強い気持ちから咄嗟に出た言葉でした。

 

── つもり積もった感情が溢れ出てしまったんですね。その言葉に、お子さん達はなんと?

 

有本さん:泣いている私に驚いて、しばらく凍りついていました。でもそれから長男が勇気を出して「恥ずかしくないよ。どんなママでもママでしょ」と話してくれたんです。その言葉を聞いたときに、ずっと抱えていた重い気持ちがほどけて肩の力が抜けた感覚になりました。

 

子どもの言葉に「私はできなくなったことばかりを見て悲しんでいたけれど、子どもは私そのものを見てくれている」と気がついたんです。歩けなくても私を肯定してくれていると知って気持ちがラクになり、歩けなくなったことで見失っていた自分という存在が戻ってきたように感じました。

目指したのは「車椅子のかっこいいお母さん」

── お子さんの言葉で心境の変化が生じたことで、日常に何か変化は生まれましたか?

 

有本さん:「泣いている場合じゃない。どうせなら車椅子のかっこいいお母さんになろう」と自分の中のスイッチが切り替わりました。それまでは、家事やお風呂などひとりでできないことを家族にしてもらうことを申し訳なく思っていました。でも、自分でできないことは素直に家族にお願いして、そのぶん自分はできることをやろうと少しずつ思うようになれたんです。

 

また、できるだけ外に出て社会とつながろうとも考えました。そこで、まずは車に手でアクセルやブレーキを切り替えられる運転補助装置をつけて運転の練習を始めました。ひとりで車椅子から車に乗り換えて運転できるようになってからは、子ども達の送迎などに行くように。さらに、バリバリ働く「かっこいいお母さん」になるべく、ハローワークに通って、障害者採用で企業にも就職しました。

 

有本奈緒美
障害があっても社会貢献したいと、ビーチクリーン活動も行っている

── 正式な診断から12年が経ち、現在はバリアフリーのネイルケアサロンの経営やビーチクリーン活動を行われています。「車椅子のかっこいいお母さん」を体現されていますね。

 

有本さん:障害で外に出られない方、勇気が出ない方もたくさんいると思います。かつての自分と同じような状況の方が、「これなら自分にもできるかも」と思ってもらえたらという思いで、障害を抱えながらも起業や社会貢献活動など、これまでさまざまな挑戦を続けてきました。あのときの息子の言葉がなかったら今の私はありません。でも息子に話すと覚えていなくて「そんなこと言ったっけ?」って言われるんですが(笑)。今でも、あの言葉は私の宝物です。

 

取材・文:阿部祐子 写真:有本奈緒美