「私たちつき合っている?」に驚きの返事が

── 土佐豊関とはおつき合いをしていたときの様子はどうだったのでしょうか?

 

小泉さん:彼は現役の関取だったので、「迷惑をかけたらいけない」と思って、家族や親しい友人以外には、交際のことを伝えていませんでした。当時は私が京都、彼が東京の遠距離で、メールや電話のやり取りがほとんど。会うのは3か月に1度くらいでした。ふたりで歩いていても噂にならなかったのは、彼の大きな体が味方になってくれたからだと思います。街中で行き交う人も、私が彼の体で影に隠れるからか、まったく見えなかったんでしょう(笑)。

 

とはいえ、出かける際もできるだけ目立たないようにしていました。当時のデートは居酒屋で食事をすることがほとんどで、人気のデートスポットに行くことはありませんでした。遠出するにしても、私が彼のいる東京に行って、レンタカーで千葉の海まで行く程度。相撲協会の内規によって力士は原則、運転禁止されているため、私が運転をして出かけていました。

 

── 人目を気にせず「ふつう」のデートをしたいといった気持ちはなかったのでしょうか?

 

小泉さん:万が一、私との交際が知られると、負けたときに「女性と遊んでいるからだ」みたいに悪く言われてしまうと思って。彼が日々、真剣に相撲に打ち込んでいる姿はわかっていましたから…。もちろん、勝敗の結果はいいときばかりでなく、よくない時期もあります。そんなときに私まで落ち込むと、彼も引きずってしまうだろうなと考えていました。場所中にメールのやりとりをするときは、あえて相撲のことには触れず、楽しい話題を出すように心がけていました。 

 

私にとってお相撲さんは憧れで、尊敬する存在です。というのも、子どもの頃から相撲が大好きで。相撲好きな祖父の影響だと思うんですが、年に6回の場所期間は、学校から帰ったらNHKの相撲中継にチャンネルを合わせ、星取表(力士ごとの本場所での勝敗結果を一覧表でまとめたもの)を手書きでつけるのが、日課でした。

 

小泉エリ 時津風親方
東京と京都の遠距離恋愛を7年続けた

── そもそも、交際はどのようなきっかけだったのでしょうか?

 

小泉さん:私の相撲好きを知ったテレビ番組のスタッフさんが、たまたま彼と知り合いだったんです。それで、その方を介して彼に番付表(力士の地位や順位を記した一覧表)を送ってもらっていました。でもスタッフさんが忙しくなり、私たちの間に入って番付表を手配するのが面倒になったようで。「直接やり取りして」と、メールアドレスを教えてもらうことに。そこから自然と連絡をするようになりました。毎日のようにメールをして半年くらい経ったある日、東京で暮らす彼が、京都在住の私に会いに来てくれたんです。

 

でも、当時は「どうして私に会おうとするんだろう?」と、いまいち彼の意図がわからなくて…。私にしてみたら、異性と日課のようにメールをするのって、特別なことのような気がしたんです。しかも忙しいはずなのに、わざわざ会いに来てくれるなんて、彼は私のことをどう思っているんだろう?と。だから彼に「私たちはつき合っているんですか?」とストレートに聞いてみたんです。そうしたら、そのときは「とくにそういうのは考えていません」と言われて。「あ、そうだったんだ…」と、変に意識していたのは私だけだったの…?と、拍子抜けしました。

 

メールのやりとりはその後も毎日のように続き、2か月後くらいに、また彼が京都に会いに来てくれたんです。そのときに、もう一度、同じ質問をしてみました。すると「今日を(交際が始まった)記念日にしましょう」と言われて。そういうロマンチックなことを言うなんて…と驚きました。

 

プロポーズもですが、彼は考えていることを言葉にするタイプではないんです。決めたことを着々と実行していくというか。かといって、昭和の亭主関白みたいなわけではなく、自分のペースを守りたいんだと思います。私も似たようなタイプなので、自立したふたりが一緒にいる感じです。