「マジ障害じゃん」と聞こえて怖くなった
── 小学校の時はご両親が学校に病気の説明をしていたそうですが、中学では説明はされたんでしょうか?
へちさん:症状が悪化してから両親が学校に説明してくれましたが、「同級生には公表しないで」と私がお願いしていたんです。中学生の頃ってちょっとでも変わったことをしたり、変な人だと思われたりしたらいじめのターゲットになってしまうので。実際、病気じゃなくても誰かをからかう時に「お前、マジ障害じゃん」と誰かがクラスの子に言ってる姿を見て、すごく怖くなってしまって。公表する勇気がありませんでした。
それでも結局、隠し通せずに男の子たちからいじめられました。説明しなかった私も悪いんですけど、チックの真似をされることから始まり、思いっきり机を叩かれる、学校行事で班行動する時に自分だけ入れてもらえないなど…。
つらい気持ちをわかって欲しくて、いちばん仲の良かった女の子にだけ、思い切ってチックのことを打ち明けたことがありました。でも、当事者じゃないと、やっぱり理解は得られなくて。そこからは誰かに病気を説明することも、わかってもらうことも諦めました。中学時代は、つらい記憶が多いですね。
中学時代は「わかってもらう」を諦めたけれど
── その後、高校は単位制の学校に進学されました。トゥレット症候群を意識してのことですか?
へちさん:それもありますが、4歳の頃からプロを目指してクラッシックバレエをやっていたので、自分で授業を選択する単位制の学校のほうが活動しやすかったんです。毎日決まった時間に同じメンバーで授業を受けないので、私だけ目立つこともない。結果的にトゥレット症候群に対するストレスが少なく、過ごしやすかったです。
また、当時の日本ではまだ導入されていなかったCBITという認知行動療法の一種があるのですが、アメリカの作業療法士の先生にオンライン受診したところ、症状が劇的によくなったんです。翌年には、アメリカに渡米してトゥレット用のマウスピースを作ってもらったことで、かなり症状が落ち着きました。
── その後、へちさんはSNSでトゥレット症候群を公表し、現在は当事者として発信を続けています。
へちさん:私自身、子どもの頃は自分の病気が周りに理解されず、ずいぶんつらい思いをしてきました。でも、私が諦めずに周りに病気をきちんと説明して、周りもちゃんと理解してもらえていたら、小・中学時代はずいぶん違ったのかなと思います。
今は当時と環境も変わり、ここ3、4年で病気についての認知度は大きく上がりました。私自身も同じトゥレット症候群の人たちの集まりに出向き当事者同士でのお話をしますし、こうした取材やSNS発信を通じて、多くの人に知ってもらう努力を続けるようになりました。私のつらい体験を今後の世代が繰り返さないためにも、まずは伝えていくことが大切なのかなと思っています。
取材・文:松永怜 写真:へち