2006年のドイツW杯では日本代表にサプライズ選手され注目を集めた巻誠一郎さん。現在は16年間に及ぶ現役生活を終え、異色なセカンドキャリアを歩んでいます。障害者アートの支援事業に、復興支援…。きっかけは2016年に故郷・熊本で起きた震災でした。
現役中は「指導者になる」と漠然と考えていた

── 2019年に現役を引退された後は様々なフィールドで活躍されています。現役時代からご自身のセカンドキャリアについては考えていたのでしょうか?
巻さん:現役中はサッカーに全力を注いでいたので、あまりイメージしていなかったんです。ただ漠然と、コーチや監督といった指導者を目指すんだろうなと思いながら過ごしていましたし、実際、現役中に取得することができる指導者のB級ライセンスまでは取っていたんです。
── 実際、現在は子ども向けサッカースクール事業も行っているそうですが、活躍の幅はサッカーだけに留まっていません。
巻さん:子ども向けのサッカースクール事業とその施設運営に加え、NPO法人を立ち上げて復興支援活動をしたり、ITを使った健康管理を行う事業にも携わったりしています。あとは障害を持った方々がアーティストとして社会的に独立し、行政や支援に頼らずに価値を生み出せるような仕組みづくりも推進しているとこです。
きっかけは熊本地震「自分のためではなく」
── 現役時代に漠然と思い描いていたセカンドキャリア枠を大きく越える活動になっていますが、きっかけは2016年に起きた熊本地震だったそうですね。
巻さん:2014年から出身地の熊本に本拠地を置くロアッソ熊本へ移籍しました。地震によって私自身も被災し、所属クラブも試合の中止を余儀なくされました。そんな状況下でしたが、自分にできることがあればと、復興支援の募金サイト「YOUR ACTION KUMAMOTO」を立ち上げ、支援活動を始めたんです。
現役時代、僕は自分のためにプレーすると空回りをしてしまうようなタイプで、チームのために一生懸命に走るなかで棚ぼたでボールがこぼれてゴールを決めるということがかなり多かったんですよね。そんなプレースタイルに似ていて、ピッチ外でも自分のためにエネルギーを使うことやお金儲けになるようなことにはいっさい興味がなくて。
逆に、誰かのために自分が行動を起こすときは中途半端にできないですし、誰かが喜ぶ顔が見たいという感情を持ったときは、自分でも信じられないくらい思いきった行動が取れるんです。それがこの経験を通して、改めてわかりました。
── そこから、現在のような他の方を支援するような事業・取り組みに繋がっていったのですね。
巻さん:実は自分のなかで大切にしている「軸」があります。それは、社会のためにというと少し大げさかもしれませんが、自分のためには行動しないということです。誰かのためにエネルギーを使うことが、自分の価値や力を最大化できる。それならば社会的な意義のある活動にエネルギーを注ぎたいと思ったんです。
── 障害者アートの試みは、どのような経緯で始められたのですか。
巻さん:最初は熊本市内で障害を持つ子どもたちの放課後デイサービスの事業を行っていたんですが、日本が少しずつ変化する状況のなかで、彼らが将来的に自立して納税できる仕組みを作りたいと考えるようになったんです。
その過程で子どもたちに絵を描いてもらう時間をつくったところ、独創的な絵を描くことに驚かされて。「これなら将来的に食べていくことも可能になるんじゃないか」と。今は子どもたちが自由に描いた絵の上に、プロのアーティストが新たなデザインやタッチを加えて仕上げるコラボ手法をとっているんですが、2、3年ほどかけて収益を上げながら支援や還元できるように事業設計しています。