「バイト2つ辞めてきたよ。どうすんの?」。漫才コンビとしてデビューするも鳴かず飛ばずで、しまいにはチロさんからのこのひと言。追い詰められたゴンさんとチロさんの運命を変えたのが、日本の一等地・銀座で遭遇した「食べかけのホットドッグ」と高級車「ジャガー」でした。理屈じゃない、万国共通の笑いでいまや世界的な活躍を見せる、お笑いグループ・ビックスモールンのボディーアート誕生秘話です。

運命を引き寄せた「食べかけのホットドッグ」

── それぞれの体格を活かしたアクロバティックな動きの形態模写「ボディーアート」を得意とするビックスモールン。唯一無二の芸ですが、初めて生み出されたのは銀座の地だったとか。

 

ゴンさん:そうなんです。僕、本当は昔から漫才が好きで、とにかく漫才で人気者になりたいって思っていたんですね。2001年、チロと漫才コンビを組んでデビューしたんですけど、売れなかった。お金もなくて貧乏で、風呂なし・トイレ共同のアパートに住んでいて。チロは当時、バイトを2つかけもちしていたんですが、僕がイライラして「何?バイトをしに東京に来たの?」ってチロを責めたことがあって。僕が26歳、チロは24歳だったんですけど。

 

そうしたら、次の日、チロが「バイト2つとも辞めてきたよ。どうすんの?」って言ってきたんです。チロに偉そうなことを言った手前、あとに引けなくなって。思わず「銀座だよ。これから銀座行くよ」って言っちゃって。

 

ビックスモールン・ゴン
1996年に漫才コンビとしてデビュー。芸歴30年目のゴンさん

── なかなか唐突ですね(笑)。なぜ銀座だったんですか?

 

ゴンさん:

よくわからないけど、東京ですごいところって銀座なのかなと思って。「銀座で漫才してお金をもらうんだよ」って言って。250ccのバイクをチロが運転し、僕が後部座席に乗って、二ケツして行ったんです、銀座に。

 

そういえば、くりぃむしちゅーの上田さんが当時近所にお住まいだったらしく、僕らを目撃したことがあったようで。「おっ、チロは背もたれ付きのハーレーダビットソンに乗ってんのか!? と思ったらゴンだったよ」と、のちに言われたことがあります(笑)。

 

それで、つばのある帽子を道端に置いて、漫才でお金を入れてもらうことにしたわけです。でも全然、人は足を止めない。お金をいただけたとしても、結局、1円玉や5円玉くらいしか入れてもらえない。そうすると、チロがどんどん不機嫌になってきて、「どうすんの?これじゃ家賃払えないんだけど」って。僕も「たしかに。やべえな」と。

 

そんなときに、僕らの前に現れた酔っ払いが、「兄ちゃんたち、腹減ってんのか?」って、食べかけのホットドックを帽子にぽんって入れたんですよ。それで、次の瞬間、チロがバッとそのホットドックをつかんで。投げつけるのかと思ったら、食べちゃった。

 

予想外の行動に口あんぐり開けていましたが、ホットドッグを「まだあったかい!ゴンも食べる?」と言いながらガツガツむさぼるチロの姿を見て、「そんなお腹空いてたんだなぁ。このままじゃマズいよな」と心底思いました。

 

そのとき、まわりを見渡して視界に入ったのが、高級外国車のジャガー。当時、ボンネットの先にジャガーの形をしたエンブレムがついてたんですけど、それを見て「もしかしたら、できるかもしれない」ってふと閃きました。それで、「何これ?何やんの?」と訝しげなチロに小声で説明して。酔っ払いが僕たちの前を通り過ぎたときに「いまだ!」とばかりにチロを持ち上げて…。

 

── まさか…!

 

ゴンさん:そう、「ジャガー!」って叫びながら、エンブレムを体で真似してみせたんです。そんな僕たちを見た酔っ払いが、今度は帽子に500円玉を入れてくれて。「銀貨だ!」って大興奮しました(笑)。その後、別のお客さんたちからも帽子にお金が入ったので、「これだ!」と確信したんです。