仕事への向き合い方が変わったのは

── オセロを結成した当初は、東大阪区役所でアルバイトもしていたそうですね。
松嶋さん:2年くらいですね。バイトでも有給休暇がついたので、はじめは有給を使ってオセロの仕事をしていました。だんだん芸人の仕事が忙しくなって区役所の仕事を辞めましたが、いつまで経っても芸能界=本職という気持ちにならないというか、この仕事が一生モノの仕事に思えなかったんですよね。自分で選んだ道なのに、芸人の仕事を辞めてもほかに仕事あるわ、くらいに思っていて。
── そこからどうやって仕事に対する意識が変わったのでしょうか?
松嶋さん:たぶん年齢が大きいと思います。33、4歳くらいになると、周りの人間が落ち着いてきたし、私より年下のスタッフさんが増えてきたんです。年上の方には意見が言えても、年下の方だと逆に気をつかってしまうとか、自分も年齢を重ねてしっかりしなくちゃって自然と思うようになってきたのかな。
37歳で結婚して子どもが2人生まれました。産休後に仕事復帰した後は「行って来ます!」とテンションを上げて家を出るし、子育てと母親の介護に追われるぶん、仕事がいい意味で気分転換にもなっているような気もするんです。あと、年齢と共に仕事の内容も少しずつ変わって来たし、いただける仕事もありがたいと思いながらやっていますね。
── 2024年には約24年続いた『きらきらアフロ』が終了されましたが、今、興味があることや、今後力を入れていきたいことはありますか?
松嶋さん:『アフロ』が終わったのは寂しかったですね。今まで何か起きても、「これ、アフロでしゃべろう!」って思えたし、(笑福亭)鶴瓶さんにお会いするのも毎回楽しみでした。今後、力を入れていきたいことかぁ。現状維持みたいなやつ、あかんのでしょ(笑)。嘘でもこれがしたい!思いついた方がいいと思うんですけど趣味もないし。縁があればまたおもしろい番組をやりたいですね。勉強になる番組とか。
── 何かを学ぶような番組ですか?
松嶋さん:大学とか学校に行って勉強したいとは思わないんですけど、生活にプラスになるような番組とか。あと、昔、英語を4年間勉強していたんですよ。息子が2歳からインターナショナルスクールの幼稚園に入りましたが、入園するときに親も英語が話せないといけなかったので週4、5回英語教室に通って日常英会話くらいまでは話せるようになったけど、今は全然です。
母の介護はありますが、子どもたちも息子は中1、娘は小5とどんどん大きくなって来たので、自分が楽しみながら仕事もしていきたいですね。
PROFILE 松嶋尚美さん
まつしま・なほみ。1971年生まれ。大阪府出身。93年お笑いコンビ・オセロとして活動。08年に結婚し、11年に長男、13年に長女を出産して2児の母。13年コンビ解散後もソロとして活躍中。
取材・文/松永怜 写真提供/松嶋尚美