現在、ピン芸人として活躍する藤本淳史さん。幼少期から勉強が得意で東大進学という、一般的には優秀な経歴を歩んでいました。ただ、本人は自分でやりたいことが見つけられず、周囲が驚く決断をくだすことに── 。(全3回中の2回)
東大に入っても、やりたいことが見つからず

── 「東京大学卒の芸人」という珍しい経歴ですが、芸人になった経緯を教えてください。
藤本さん:小さいころからテレビっ子だったこともあり、実は大学に進学する前から芸人になってみたいという気持ちはずっとあったんです。小学校の文集に書いた将来の夢は「野球選手か芸人」でした。でも、野球選手の夢はあっけなく終わりました。終わったというか、始まってもないというか。小さいころから野球をやっていたわけでもなく、中学3年の3か月だけ野球部に所属していただけでしたから。一方で、勉強は小さいころから得意で、ある意味「特技」。特技を活かすという意味では楽しかったのですが、だからといってそれを活かしてなりたいものがあるかと言えば、そういう夢などはなかったんです。
入学する科類にもよりますが、東大では大学入学後1〜2年生では教養学部に所属してさまざまなジャンルの授業を選択し、3年生から専門的な学部・学科へと進むことになります。3年生になる前にやりたいことが見つからなかったので、あえて就職先を幅広く選べる学科に進みました。僕自身、せっかく東大に来たのだから、ほかにも自分に合っているものがあるはずだといろいろと模索しました。自分なりにやりたいことを探したのですがそれでも芸人を超えるものは見つからず…。結局、芸人かな、と。
── 東大から芸人になる人は珍しいのでは。周りも驚いたのではないですか?
藤本さん:驚かれるどころか、最初は信じてすらもらえなかったですね。本気だと伝わった段階では、もう就職が決まっている友人ほど自分たちが安泰だからか、簡単に「がんばれ!」って言ってくるんですよ(笑)。ただ、なかには「お前は周りの東大生たちとの比較で自分がおもしろいように思っているだろうが、果たして芸人の世界に入っても本当に戦えるレベルなのか?」と真剣に心配してくれる先輩もいました。有名企業に就職し、今、僕の周りでいちばん出世しているのがその先輩です。
一方で、京都にいる父親に電話で伝えたらさすがにショックだったようで、その日のうちに新幹線で東京へ飛んできました。東京駅の近くでご飯を食べながら、めちゃくちゃ説得されたのを覚えています。
── どのように説得されたのでしょうか?
藤本さん:「お前は芸人には向いてない」とか、「高校の担任にも電話したけど、向いてないって言うてはったぞ」とか言われました。誰に聞いてんねんと驚きましたね(笑)。「本当に芸人になるなら勘当や」と言われ、こっちも「全然それでええよ」と返してその日は別れました。
ただ、帰った数日後に連絡が来て、「やるなら応援するからがんばれ」と言われました。実は父は昔から急に独学で資格を取って、それを活かして転職するなどしていて、自分が正しいと思えば何を言われても実行する頑固な部分があったんです。「お前は俺に似てるから、そうやと思ったらやってみるまで折れへんやろ。それやったらやってみろ」と言ってくれました。
NSCの門を叩くも面接官から「帰ったほうがいい」

── そのあとはスムーズに卒業して芸人に?
藤本さん:それが卒業するまでもめちゃくちゃ大変だったんです。理系はほとんどの人がそのまま大学院に進学するのですが、僕のいた研究室で教授との進路面談があったとき、僕が「芸人になります」と伝えたところ変な空気になってしまい…。教授には「君はバカなのか」と一蹴されました。
本当なら、進路の話はすぐに終わって卒論の話に進むはずなんですが、僕の場合はそれどころではなくなってしまいました。後日また話すことになりましたが、そこでまた芸人になりたいと言えば結局、説得されるだけの時間になってしまいます。卒論のテーマを決めて研究を進めていかないと、卒業ができません。卒業せずに芸人になる勇気も信念もなかったので、次の面談では「僕が間違っていました。大学院を目指します」と言ったんです。
── 本当は大学院に行く気もないのに?
藤本さん:ちょっと待ってください(笑)。行く気がない…そんなわけないじゃないですか。養成所に不合格だったら、進学する可能性はおおいにありました。たしかに「目指します」とは言いましたが、就職活動の面接で、第二志望の企業でも「御社が第一志望です」と言いますよね?あれと同じです(笑)。それで無事に卒論のテーマをもらえたので書き上げました。夏にある大学院の入学試験にも合格したんです。でも養成所にも合格し、大学院は入学金を支払わずにそのままフェードアウトしたという…。「どうなっているんですか?」と大学の事務局からの電話がバンバンきましたね。
教授からは「おそらくあのとき話していた夢に向かって邁進していると察します」というメールをいただきました。申し訳ない気持ちはあったのですが、どう返そうか悩んでいるうちに時間だけが過ぎ、結局返事はできませんでした。ものすごく怒っているだろうと思ったのですが、数年後に僕のライブにVTR出演してもらえないかと恐る恐る連絡してみたところ、快く引き受けてくださいました。VTRの中で教授は「いまだに藤本君は、お笑いよりも研究が向いていると思います」とコメントされていました。父親、高校の担任に続き、強力な3人目が現れましたね。
── 卒業後はどうやって芸人を目指したのですか?
藤本さん:1年間はお笑いの学校であるNSC吉本総合芸能学院に通いました。入るときに面接があるんですが、自己紹介で東大生だと伝えると、面接官に「君の人生のためにも帰ったほうがいい」と言われました。無事合格はできたものの、在学中もことあるごとに「まだ間に合うぞ」「国のために働いてくれ」と言われ続けましたね。