女装をすることで変わること

肉乃小路ニクヨ
オフ会にて熱唱中

── まず「理論武装をしよう」と考えるところが、ニクヨさんらしい気がします。

 

肉乃小路ニクヨさん:そこは、エリート意識みたいなものがあったのでしょうね。ただ、周りにバレるのが怖いから、雑誌を買うためだけに新宿2丁目に行ったりして。そうしているうちに、少しずつ「こういう生き方もあるんだな。私は私でいいんだ」と気がついて、だんだん自分を認められるようになっていきました。また、父の死により「人間はいつか死んでしまうのだから、後悔しないように自分らしく生きよう」と感じたことも大きかったですね。

 

もうひとつの転機は、パソコン通信を始めたことです。塾講師のバイトで貯めたお金でマッキントッシュのパソコンを買い、ゲイのコミュニティで仲間を見つけ、友達もできました。普通に会社員として働いている人や大学生のなかにも意外と仲間がいることがわかり「これなら自分も大丈夫かもしれない」と気持ちがラクになりました。

 

その後は、校内でゲイサークルを起ち上げ、イベントを開催するなど、割と活発で楽しい学生生活をおくることができました。おかげで友達もたくさんできて、今では初対面の人とも楽しくコミュニケーションできるようになりました。

 

── 女装をはじめたのは、いつごろだったのでしょう?

 

肉乃小路ニクヨさん:女装デビューしたのは21歳のとき、1996年6月15日です。ちょうど千葉県民の日でしたね。パソコン通信で出会った仲間とのオフ会で、カラオケボックスで女装して歌おうというイベントに参加し、そのままクラブデビューも果たしました。

 

今年で女装歴は29年目になります。女装をすることで自分の視点が変わり、いろんな発見があります。それに、女装という仮面をかぶることでおもしろい人と出会えたり、話すチャンスが増え、自分の世界も広がりました。

 

── ちなみに、「肉乃小路ニクヨ」という芸名ですが、一度聞いたら忘れないインパクトのある名前ですよね。どんな由来があるのですか?

 

肉乃小路ニクヨさん:もともと「にくぼう」というニックネームだったのですが、大好きな作家である有吉佐和子さんの著書『悪女について』に出てくる富小路公子というキャラクターに憧れて「肉乃小路ニクヨ」にしたんです。公子は、一代で財を成し、最後は謎の死を遂げるのですが、悪いことをたくさんしてきた悪女ながら、一貫して上品で言葉づかいや立ち居振る舞いが美しいんです。彼女の生き様に魅了され、「私もそんなふうになりたいな」と思ったんです。淑やかで、賢く、したたか。有吉さんが作品のなかで描く女性たちは、野心的で自分の力でいろいろなものを手に入れていく逞しさがあります。私の目標とする女性像ですね。

 

 

女装家として活動しながら、慶應義塾大学卒業後は証券会社に務めることになった肉乃小路ニクヨさん。しかし病気により新卒で入社した会社を2か月で退職することに。そこから20代は非正規雇用で厳しい生活を送るものの、人生のピンチを機に42歳で女装家として新たな道を歩み始めたことが今につながっているそうです。

 

PROFILE 肉乃小路ニクヨさん

にくのこうじ・にくよ。1975年、千葉県出身。大学時代に女装をスタート。卒業後は金融業界でキャリアを積む。並行してショウガール・ゲイバーのママとして勤務。42歳でフリーランスに転身。「経済愛好家」「コラムニスト」「ニューレディ」の肩書をもつ。著書『いま必要なお金のお作法 幸せを呼ぶ40のマネープラン』(KADOKAWA)絶賛販売中。カセットガール楽曲「蜃気楼」配信リリース中。

 

取材・文/西尾英子 写真提供/肉乃小路ニクヨ