小学5年生でゲイだと自認した肉乃小路ニクヨさん。慶應義塾大学に進学後も、自分は恋愛に興味がない「不思議ちゃん」だと偽りのキャラを演じてきましたが、心が限界を迎え、ある決断をします。(全3回中の2回)
ランチは売店でおにぎりを買ってひとりトイレで

── 昼は金融マン、夜は女装家という2足の草鞋をはき、42歳でフリーランスの女装家に転身。現在はコラムニストとして多数のメディアで活躍している肉乃小路ニクヨさん。そんなニクヨさんが葛藤と向き合い、乗り越えたのが大学時代でした。
肉乃小路ニクヨさん:高校(渋谷教育学園幕張高校)卒業後、念願だった慶應義塾大学(SFC)に進学したのですが、1年生のころはつらいことが多くて、学生生活を楽しめなかったんです。周りにはお金持ちの子が多く、みんな華やかですごくキラキラして見えました。アルバイトもしていないのにご飯をおごってくれる先輩がいたりして、「いったいそのお金はどこから出ているんだろう…」と不思議でした。
そういうなかにいると「自分は庶民で、ここでは脇役に過ぎない存在なんだ」という思いに駆られ、引け目を感じてしまって。その一方で「自分はエリート」という妙な自意識もあったりして「この劣等感は隠しておかなければいけない」と思っていました。感情がせめぎ合って苦しかったですね。さらに、自分のセクシュアリティに対する葛藤もあって、悶々とした気持ちで過ごしていました。
本来コミュ障で陰キャなので、なかなかみんなと親しくなれないし、キラキラとしたキャンパスの雰囲気にも馴染めなくて。だから、ランチの時間は、売店でおにぎりを買って、ひとりトイレで食べていました。
── お父さんの看病のため、1年間休学されています。
肉乃小路ニクヨさん:大学1年の夏に父親のがんが発覚し「戻ってきてくれないか」と言われ、ひとり暮らしを解消して千葉の実家に戻ることに。実家から大学のある神奈川県の藤沢までは片道3時間以上かかるため、通うことが厳しくなり、1年間休学することにしたんです。休学中は、塾講師をしながら父の看病を手伝っていました。そして、翌年秋に父を看取った後で大学に復学しました。
── つらい時期だったのですね。一方で、大学時代に女装をスタートするなど、ニクヨさんのアイデンティティが形成された時期でもあります。どういう気持ちの変化があったのでしょう?
肉乃小路ニクヨさん:それまで割と優等生でやってきたので、レールからはずれることが怖くて、「恋愛なんて私、興味がありません」みたいな「不思議ちゃん」キャラを演じたりしてきたのですが、自分の心を偽ることにだんだん疲れてしまって…。どうすれば自分を受け入れることができるのだろうと悩んでいました。じっくりと考えた結果、まずは自分自身のことをきちんと理解し、説明できるように理論武装した上で前に進みたいと思い、同性愛について書かれた本や雑誌などを徹底的に読みまくったんです。