歌手のマルシアさんの母親が脳梗塞で倒れたのは2022年のこと。介護のため、母が住むブラジルに飛び、2か月間一緒に過ごしたといいます。全力で介護に向き合った結果、マルシアさんが学んだこととは?(全5回中の4回)

妹から電話で告げられて急きょブラジルへ

── マルシアさんは日系3世としてブラジルで生まれ、1986年に来日して歌手デビューされました。現在もお母さんや妹さんはブラジルで暮らしているそうですが、2022年、お母さんが脳梗塞で倒れたとのこと。当時の様子を教えてください。

 

マルシアさん:妹から急に電話がかかってきて、「びっくりしないでね。ママが倒れた」と告げられたんです。脳梗塞でした。母はレストランを経営していましたが、調理中に倒れたらしいんです。近くにほかの従業員がいて、病院にすぐに連れて行けたこともあり、一命をとりとめました。ひとり暮らしをしていたから、自宅にいるときだったら危なかったかもしれません。

 

マルシアと母
最愛の母とのツーショット

突然のことに驚き、とてもショックだったのですが、悲しんでいても状況が変わるわけではありません。すぐに気持ちを切り替えて、スケジュール調整をして1か月後にはブラジルに行き、2か月間滞在して母のめんどうを見ました。

 

デビュー以来、こんなに長期間もお休みしたのははじめてのことでした。不思議なことにそのタイミングで出演する予定だった舞台がなくなり、スケジュールがぽっかりと空いたんです。こういうことってめったにありません。まるで私が母の近くで過ごせるよう、見えない力が配慮してくれたかのようでした。

 

マルシアさんの母と娘
離婚後の8年間は娘の子育てを母親が日本で過ごしてサポートしてくれた

── 2か月間、お母さんと向き合って大変だったことはありますか?

 

マルシアさん:倒れた直後だったから、もっともバタバタとしていた時期でした。いちばん苦労したのは、母自身が「倒れて動けなくなった」という事実に慣れていなかったことです。頭では理解しているものの、身体がついてこなかったのでしょう。トイレもひとりで行こうと、ベッドから起き上がろうとしていました。そのたびに私や妹が飛んでいき「ママは脳梗塞で倒れたんだから、動いたらダメ」と伝えていました。

 

とはいえ、短い距離を移動するのも大変で、車いすに乗せる必要があります。母は身体に力が入らない状態だったため、私や妹だけで抱き上げるのは難しいんです。突然のことだったし、介護の知識もまったくなかった私もどうしたらいいかわからなくて。母と一緒に転びそうになることもありました。

「親のために自分を犠牲にする」のは…

── 慣れない介護は誰もが苦戦することだと思います。

 

マルシアさん:介護は長丁場になる場合が多く、2か月間だけ一緒に過ごした私の経験は、介護とまでは言えないかもしれません。でも、少しでも母の力になろうと一生懸命になりすぎてしまいました。全力で向き合った結果、私はストレスで寝こんでしまったんです。「これはダメだ」と思い、3日間ほど母とは離れて、体力とメンタルを回復させることにしました。

 

そのときに「介護をするときは、まず自分を大事にしなくてはいけない」と痛感しました。心も身体も限界を迎えてしまうんですよ。すべてを自分だけで解決しようと抱えこむのではなく、周囲にも助けを求め、プロにお任せできるところはきちんとお願いしたほうがいいと感じました。

 

マルシアと妹
ブラジルに住む妹とはオンラインなどで連絡を取り合う

── 日本では「子どもが親の介護をするのは美徳」といった価値観があるように思いますが、どう感じますか?

 

マルシアさん:「親のために自分を犠牲にする」のは、やめたほうがいいと思います。私のようにストレスを抱えると、親子で共倒れになります。介護する側も、まずは自分の人生を大切にすることを心がける必要があると痛感したんです。自分の人生の主役は自分だし、母親の人生は母親のもの。母の身の上に起きているできごとは母自身が受け入れることであり、私たち家族の役割はサポートすることだと感じます。母をとても大切に思っていますが、そこはしっかり線引きをしないといけないですね。

 

それに親も子どもに甘えてしまうんですよ。遠慮がなくなって自分でできることもしなくなり、回復が遠のく可能性もあるようです。客観的な第三者の視点が必要な気がします。