生きているからこそできる親子ゲンカのありがたさ
── 落ち着いてよかったですね。その後、お母さまとの関係は?
鈴木さん: 良好です。これはひとえに、友人のおかげでもあります。母とケンカしてしまい、なかなか片づけが進まなかったころ、介護と看取りを経験した友人の「私もよくケンカしたよ。でも、生きているからケンカもできたんだなぁって、いまになるとそれさえ懐かしく思う」との言葉に、ハッとしました。本当にそうだな、母がいなくなったらケンカさえできない。余計なことも言ってしまうのも、後で自然に仲直りができるのも、親子という絶対的な信頼関係があるからです。これに気がついてからは、母とケンカをしても「これもいつかいい思い出になる、今日も思い出がひとつ増えた」と、変な罪悪感を自然に手放せるようになりました。
── 相手が生きているありがたさは、ふだん見過ごしがちです。
鈴木さん: そうですね、相手が存在していることが当たり前すぎて忘れてしまうんですよね。ただ、一連のできごとはあくまでもわが家の事例であり、世間にはいろんな親子関係があり、それぞれ事情も異なります。物忘れにもさまざまな症状やグラデーションがあるので、いろんな苦労をされている方がたくさんいると思います。うちの母も、時折「頑固スイッチ」が入って、対応が難しくなるときもありますが、最終的にはいつも「ありがとう、ありがとう」と言ってくれます。ときには、「ありがとう」と言いながら涙を流すことも。いろんなことがあっても、結局、すべて丸くおさまるのは、この「ありがとう」の言葉のおかげでもあります。
── 「ありがとう」には報われるでしょうね。お母さまと接するときに、こころがけていることはありますか?
鈴木さん:いろんなことを忘れてしまったり、できないことが増えていく現実に、いちばん不安を感じているのは本人だと思います。ですから、基本的に、できないことを指摘することはしません。どうしても伝えたいときは、ちょっと冗談っぽく言ったり、言い方を工夫しています。
── 仕事と介護の両立は大変だと思います。お母さまの介護は、鈴木さんの生き方に変化をもたらしましたか?
鈴木さん: 忙しいときに限って、悪いできごとが重なることってありますよね。以前、自分の歌のライブの前に、私がインフルエンザにかかってしまい、延期せざるを得ない状況になったときがあり、次はその振替公演の前日に母が倒れて入院し、深夜まで病院にということがありました。もう、「なんでこのタイミングで?」みたいな…。こういうときは、気持ちが一瞬落ちて、ストレスがかかります。
私の場合、そんな状況に陥った原因をつい探しがちで、さらに自分のせいにしてしまう傾向があるんです。たとえば、「あのとき、ああしなかったからこんな現実を引き寄せちゃったのかな」「よかれと思ってやってたけど、間違っていたのかな」など…。切羽詰まったときに、こんな思考のクセは本当にムダです(笑)。タラレバはないわけで、目の前の現実は変わらないですし、余計なことを考えるのをやめて、まずは目の前で起きている一つひとつのことに対応すればいいのに、つい余計な考えがよぎるんです。
でも、ここ数年は、そんな自分も許そうという方向性になってきました。大変な状況になっても、「他人を責めずに自分を責めていて、誰にも迷惑かけてないし偉いよ」「自分偉いよ、頑張ってるよ、充分頑張っているから必ずいい方向へいくよ」「よく見て。いい人もまわりにいっぱいいるよ、最後は必ずいちばんいい方向に向くための試練なんだよ、大丈夫だよ」と、自分をほめながらやってます(笑)。でも、そうやっていると、本当にいい方向にいくんです。
PROFILE 鈴木蘭々さん
すずき・らんらん。1989年、資生堂CMでデビュー。1994年に『ポンキッキーズ』で安室奈美恵とのユニット「シスターラビッツ」でブレーク。歌手、モデルなど幅広く活躍し、2年連続CM女王に輝く。2013年に化粧品会社WOORELLを起業。2023年に、芸能生活35周年記念のベスト盤『鈴木蘭々 All Time Best~Yesterday&Today~』をリリース。
取材・文/岡本聡子 写真提供/鈴木蘭々、WOORELL 株式会社