グローバルモデル・タレントエージェンシー(株)W IMPACT代表取締役社長の桃果愛さん。「人にけなされた過去がある人はどうしても自信が持てない」と、所属モデルと向き合うなかで感じて── 。(全2回中の2回)
看護師をしながら日本初のプラスサイズモデルに
── どのようにして「日本初のプラスサイズモデル」になったのですか?
桃果さん:大学を卒業して看護師になり、3か月経ったころからモデルの仕事を始めました。当時は読者モデルブームだったこともあり、「ファッションが好きだし、プロにメイクしてもらってカメラマンに写真を撮ってもらえたらいいな、仕事の気分転換になるし楽しめるかな」と軽い気持ちで応募しました。100人くらいの応募があったなかで選んでいただいて、初めてカタログモデルの仕事をさせてもらいました。そのカタログは、私がずっと洋服を買っていた通販会社のものだったので、すごくうれしかったのを覚えています。
── その後も看護師の仕事をしながらモデルを続けていたんですね。
桃果さん:はい。当時、日本に「プラスサイズモデル」として活躍している方がいなかったので、テレビ局や企業の方から直接オファーをいただく機会が増えて、9年くらいは看護師とモデルの二刀流を続けていました。モデルの仕事は定期的に入るわけではないので、看護師の仕事が休みの日にモデルをしていた状況です。
モデルの仕事一本でやっていこうと決めたのは、29歳のときに看護主任の打診をいただいたことがきっかけです。20代で看護主任というのは異例の若さで、お給料も上がるしとてもありがたいことだったんですけど、自由に休みが取れなくなるのがネックで…。そこで「どちらも中途半端になるのは嫌だし、今しかできないモデルに絞ってやってみよう!」と決めて2017年に起業しました。
ただ、看護師の仕事は今もときどきやりたくなるくらい好きです。人の役に立っていることが実感しやすく、心からの「ありがとう」がたくさん聞ける職業じゃないかなと思います。
モデル事務所を起業するも3年間はアルバイト生活
── 最初から、プラスサイズモデルを派遣する会社にしようと立ち上げたのですか?
桃果さん:それが何も決めずに始めちゃったんです。ただ、プラスサイズモデルのファッションショーを開きたいということだけは決めていました。一度、東京ガールズコレクションのランウェイを歩かせてもらったときに、ものすごく楽しかったのですが、舞台で見る衣装を「かわいい」「欲しい」と思っても、自分に合うサイズがなくて悲しかったんです。だから、プラスサイズモデルだけのファッションショーをやれば、大きめの体型の方が着られるかわいい服を入手できるようになるのでは、と思いました。そこでショーに参加してくれるプラスサイズモデルを集めようとSNSで呼びかけたら、思った以上の応募があり、最終的に30人集まりました。
── ショーのお金やモデルが着る洋服はどうやって集めたのですか?
桃果さん:企画書を片手に企業を回りました。一般的な会社員をしたことがないので、企画書の書き方もわからなくて。今思えば、手作りのつたない企画書だったと思います。門前払いの企業もありましたし、「ブランドにぽっちゃりサイズのイメージをつけたくないから」と断られたこともありましたが、応援してくださる企業が出てきたときはうれしかったです。そういった企業とは今もおつき合いが続いています。
ショーを開催すると、当時はプラスサイズモデルだけのファッションショーが珍しかったので、メディアの取材もけっこう入り、反響がありました。ショー出演者30名のうち、その後もモデルを続けたいというメンバーが10名いて、自分以外にも体型やサイズの幅が広がったので、プラスサイズモデル専門の事務所を立ち上げた形です。今までのモデル経験からプラスサイズモデルを求める企業と直接やり取りしていたので、私ならモデルと企業の両者をつなげられるんじゃないかと思いました。でも、プラスサイズモデルの事務所としてすぐに軌道にのったわけではなくて、最初の3年は、アルバイトをかけ持ちしながらなんとか食べていた状態です。
── 現在はどんな仕事を受けているのですか?
桃果さん:ファッションの撮影、ドラマやCMの撮影、あとは企業とのコラボで商品開発をすることも多いです。現在はプラスサイズモデルだけではなく、ジェンダーレスや多国籍など、個性的なモデルも含めて約80名と契約しています。今年の12月3日にはグローバルモデル・タレントエージェンシーとして株式会社W IMPACT(ダブルインパクト)を設立しました。
── プラスサイズモデル以外に幅を広げた理由は何ですか?
桃果さん:私が起業したころは、「プラスサイズモデル」というジャンルが海外では一般的でしたが、日本ではまだ認められていなかったんですね。なので、「プラスサイズモデル」という立ち位置を確立するのが最初の目的でした。そこから7年経ち、日本でもプラスサイズモデルという職業が浸透してきたと感じています。最終的には人種やジェンダー問わず多彩なモデルが活躍できたら、という思いがあるので、個性的なモデルの所属も増やしています。
自分に自信を持ってもらうことからスタート
── 個性的なモデルを抱えた事務所を経営するにあたり、いちばん大変なことは何ですか?
桃果さん:モデルの教育です。一般的なモデル事務所だと、自分のスタイルやビジュアルに自信がある人が入ってくると思うんです。でもプラスサイズモデルを目指す人や個性が強い人は、何かしらコンプレックスを抱えていて、今までの自分に自信がない。だからまず、本人たちに自信をつけてもらうところから始めます。「あなたはそのままで魅力的だよ」「あなたのこういうところが素敵だよ」「あなたのここがかわいい、きれいだよ」と繰り返し伝えます。どうしても人にけなされた過去がある人は、そう言われてもなかなか自信が持てないので、「大丈夫だよ」と言い続けるところは根気がいるなと思います。
モデルの仕事は毎月決まったお給料が入る会社員と違い、オーディションを受けて、その都度仕事を自分で取ってこないと、お金になりません。オーディションの不合格が続くと自信がなくなり辞めてしまうモデルもいます。そうならないために、「オーディション不合格はあなたが悪いわけじゃなくて、たまたまクライアントの求めるイメージに合わなかった、監督の好みに合わなかっただけだよ」といった声がけをしています。
もちろん先方の求めるイメージに近づける努力はしたほうがいいけれど、自分自身を否定されたわけではないということは常々伝えるように意識していますね。もともと自分に自信のない子たちがモデルというサバイバルを続けていくのは、かなりハードルが高いなと実感しています。
── 大変なこともあるなかで、仕事でやりがいを感じる部分はどこですか?
桃果さん:企業とコラボレーションして開発した商品が世の中に出たときに、「こういう商品がほしかった」「着心地よくてうれしい」といった声をいただくと、私達の個性が役立ったんだな、とやりがいを感じます。
ほかには、SNSでの発信を通してファンになってくれた子が「今まで体型のせいでファッションを我慢してきたけど、桃果さんの姿を見て初めてスカートをはきました」「おしゃれが好きになりました」といったメッセージをくれるので、間接的にでも人の心にポジティブな影響を与えられることがあるならうれしい、というのが今のモチベーションです。