「私は100歳まで仕事をがんばりたい」と言ったら
── 学校を卒業されてからは、どのような生活をされているのですか。
喜美子さん:中等部から支援学校に通って、高等部を卒業しました。今は、デイサービス(高齢者)で仕事をしながら、神戸大学の「学ぶ楽しみ発見プログラム(KUPI)」に参加して勉強をしています。知的障がいのある学生が、一般の大学生と一緒に学んだり講義を受けたりする取り組みです。10月から2月までの週3回で、4年受講したら卒業する仕組みになっています。
有香さん:週4日、デイサービスで仕事をしています。仕事は楽しいです。職員のポロシャツとズボンを乾燥機に入れ、乾いたら取り出して全部たたむんです。「村上さんが休みの日は忙しいから、毎日来てほしい」と言われます。大学では3回生です。曜日によって、音楽の授業とか哲学の授業とか、いろいろ学んでいます。
喜美子さん:今は大学で勉強を楽しんでいますね。参加した一般大学生も「KUPI生から学ぶことが多かった」と言ってくださいました。お互いに学ぶところがあるみたいですね。
── 落語もされていますし、お忙しいですね。
有香さん:休みの日は、料理を習っています。ピアノも習っています。
喜美子さん:先生の生演奏で歌を歌っているので、20年続けていますけれど、ピアノ曲は全然弾けないんです(笑)。小学校3年生までは、ピアノで発表会にも出ていたのですが、私が限界で(笑)。4年生からは発表会は辞退して、歌う専門になりました。ピアノ演奏には向かなかったのですが、生伴奏で歌うのは楽しくて、通い続けています。先生は、有香が頼んだ曲を演奏してくださいます。ピアノのレッスンが大好きで、すぐ近くなのに10分前には出かけようとするんですよ。
有香さん:私がたまにピアノを弾こうとしたら、先生が「急にどうしたの?」って言うんです。
喜美子さん:落語は、次回は日本ダウン症療育研究会で披露する予定なので、医療関係者に向けた話を考えているところです。次は、お父さんが出てくる話にしようかな。
有香さん:お父さんは「有香がいるから仕事をしている」と心の中で思っています。お父さんが仕事をがんばっているから、私は好きな紙をもらえるんです。だから99歳までがんばってほしいって言ってるんです。
喜美子さん:夫が経営している事務所から持って帰ってくる書類の裏に絵を描くのが好きなんです。有香は、父親が仕事を辞めたら紙がもらえないと思っているんですね。
有香さん:お父さんに退職は絶対にさせない!叱咤激励しています。
喜美子さん:「産まれたときはまさか有香から注意されるようになるとは思わなかったね」と夫は笑っています。毎日、ふたりにお弁当を持たせているのですが、「おいしいお弁当をありがとう、とお母さんにお礼を言いなさい」と有香に言われて、「生活指導班か」って。
有香さん:お父さんは、お母さんが「おはようございます」って言ったら普通に「おはようございます」と言うけど、私が「おはよう」って言ったらほっぺたを触りながら「おはよう~~~!」って言うんです。
喜美子さん:有香なしでは生きていけない男やね(笑)。このくらいの歳の娘が、なかなか「お父さん大好き」って言ってくれないですものね。
有香さん:お母さんは優しいです。そっくりなんですよ。仕事場で「テレビ見たよ、お母さんそっくりだね」って言われます。
喜美子さん:職場の方が有香が出演した番組を録画して数回流してくださったんです。私もテレビの取材で初めて職場へ行ったのですが、有香がお茶出しをしやすいように滑りにくいお盆を買ってくださったり、服のたたみ方を教えてくださったりしたおかげで、思っていた以上に仕事ができていて驚きました。
有香さん:「私は100歳まで仕事をがんばりたい」と言っていたら、デイサービスに来ている方は「私もがんばらなぁ」と言ってくれます。同僚には「100歳まで働くのは無理よ」と言われたんです。でも、70歳で退職したらお金も増えないし、使えば使うほど少なくなる。だから、100歳までがんばりたいです。
PROFILE 村上有香さん
むらかみ・ゆか。アマチュア落語家「楽亭ゆかしー」として活動。詩人として、ダウン症の友人・伊藤美憂さんの絵とコラボした詩集『弱いはつよい』(風鳴舎)を出版している。
取材・文/林優子 写真提供/村上喜美子