長男が大粒の涙を流した出来事
── 以前、テレビのトーク番組で、奥さんが「パパとして子育てに一生懸命向き合ってきた」とコメントされていました。自身の子育てで、どんなことを意識してこられましたか?
武田さん:会社員は、朝、家を出て会社に着いたら、家族のことをある意味忘れて、仕事に没頭しなくてはいけないというような空気がありますよね。ぼくは、それは本当におかしいとずっと思っていたんです。ですからNHK時代も「これは家族にもぜひ見せたい」と思う番組などは、スタッフの了承を取って、妻や子どもを見学させていました。
── それは、父親の働く姿を見せるという意味でしょうか?
武田さん:家庭と仕事を分断させたくないという思いからです。職場の自分がどういう姿なのかも家族に見てもらいたいし、どんな人たちと仕事をしているのかということも、知ってもらいたいなと思っていました。
うちは、男の子2人なのですが、あらゆる役割で子どもに接していければいいなと思ってやってきました。あるときは、父親であり、あるときは兄、時には母親みたいな感じで接してもいいし、友だちになってもいいんじゃないかと思っていて。あまり「威厳のある父親」という役割を演じることはやってこなかったですね。とにかく子どもとよく話をするようにしていました。
ただ、子育ては、本当に難しいなと感じます。自分が思ったように育たないし、失敗や後悔していることもたくさん。たとえば、長男に対しては、ちょっと厳しすぎたかなと。
── そうなのですね。たとえばどのようなことでしょう?
武田さん:うちは、長男が小学校1年生のときに、次男が生まれました。お兄ちゃんとはいえ、まだ1年生の子どもですよね。それなのに「しっかりしろ」とちょっと言い過ぎたかなという反省があります。どうしても下の子にかかりきりになって、長男のことはあと回しになってしまう場面も多かったんです。でも、実は傷ついていたとわかったのは、ある出来事がきっかけでした。
生まれて間もない下の子をベビーカーに乗せて、家族4人で近所を散歩していたときのこと。偶然出会った同僚が「かわいいね、お名前なんて言うの?」と、下の子に声をかけてくれたんです。ぼくが名前を説明したら同僚は「素敵な名前だね」と言ってくれて。でも、そのとき、長男が大粒の涙をこぼして泣き出したんですね。理由を聞くと「ぼくの名前も聞いてほしかった…」と。我慢させていたと気づき、本当に申し訳ないことをしたなと心が痛みました。
子どもが学生のころは、学校にお弁当をよく届けていました。妻のお弁当作りが間に合わないときは、ぼくが子どもの学校に寄って、お弁当を届けてから職場に行っていたんです。今ではいい思い出ですね。
── 2人の息子さんは、すでに成人されていらっしゃるそうですが、一緒にお酒を飲んだりすることもあるのでしょうか?
武田さん:ありますよ。次男は、通っている大学が遠く、少し離れた場所で暮らしているので、頻繁には帰ってこられないのですが、都内に住んでいる長男とは、よく一緒に飲みますね。ぼくは音楽が好きで、何本かギターを持っているのですが、これまで子どもたちはギターに興味を示さなかったんです。でも先日、突然長男が「ギターが買いたい」と言いだしたので、一緒に御茶ノ水に行って、ギターを買ってあげました。以来、一緒にギターを弾くという楽しみも加わりました。
フリーランスになって、家族と過ごす時間が増え、より深いつながりを持てるようになった。本当によかったなと思いますね。
PROFILE 武田真一さん
たけた・しんいち。1967年、熊本県生まれ。筑波大学卒業後、1990年にNHK入局。『ニュース7』『クローズアップ現代+』や『紅白歌合戦』の総合司会などを担当し、2023年2月に退局。フリーに転身後は、情報番組『DayDay.』(日本テレビ)のMCとして出演中。
取材・文/西尾英子 写真提供/武田真一