不妊治療を経て、現在は里親として子どもと暮らしながら、里親を支える活動をしている岩朝しのぶさん。里親になってから10年以上、身を持って知った子どもたちの現実について語ってくれました。(全4回中の3回)

35歳は不妊治療では「高齢」里親では「最年少」

岩朝しのぶさん
2012年、現在一緒に暮らすお子さんが岩朝さんご夫婦のもとに来て間もないころ

── 岩朝さんは、2年ほど続けた不妊治療を35歳のときにいったん休み、里親になることを決めたそうですね。

 

岩朝さん:里親になることを希望する方って、一般的に50歳以降の人が多いんですね。私は35歳で扉をたたいて里親になりましたが、里親の世界では35歳ってすごく若手です。不妊治療では「おばさん」くらいに言われていたから、里親の世界に入ったばかりのころに「最年少ですね」って言われてすごく嬉しかったのを覚えています。

 

年齢の壁って、自分ではどう努力しても乗り越えられないもの。不妊治療で年齢をすごくネックに感じていたぶん、里親のことを知ってからはすごく気持ちが前向きになって。里親登録をするときもウキウキしていました。「子どもがうちに来たら水族館やテーマパークに連れて行こう」って、バラ色の日々を想像していました。でも現実は全然、違っていたんです。

炊飯器を丸ごとひとつを与えられ「白米」しか知らなかった子

── それはどういうことでしょう?

 

岩朝さん:いざ子どもを迎えてみたら、水族館やテーマパークはその子からまったく必要とされてないと悟りました。養育里親に託される子どもは、虐待や親の病気などさまざまな理由で擁護され、その多くは児童養護施設などで暮らしていますが、わが家に最初に委託された子は当時5歳でした。ただ、「何食べたい?」と聞いてもまったく反応がなくて。「ハンバーグ食べる?」「餃子は?」「何が好き?チャーハン?」という問いにも答えられない。そのときは正直、ショックだったし絶望的な気持ちでした。

 

でも、一緒に暮らしていくうちにわかったのですが、決して心を閉ざしていたわけではなく、ハンバーグや餃子を食べたことがなかったんです。知らないから、「食べる?」って聞いても「うん」すら言えなかった。「じゃあ、何を食べていたの?」と聞くと、「お母さんが炊飯器を自分にひとつ預けてくれて、好きなときに好きなだけ食べていいって言ってくれるんだ」と。いかにも母親が優しかったかのように答えるんです。その瞬間、水族館やテーマパークに連れていこうなんて考えていた自分が恥ずかしかったし、その子が生きてきた過酷な現実に愕然としました。

 

「この子たちはスペシャルなことは求めていない。日常がなかったんだ。いまはごく普通の日常を一緒に過ごすことが何よりも大事なんだ」と痛感して、打ちのめされました。だって、5歳で白米しか知らないなんて、どんなに冷たい世界で放置されていたかわかるじゃないですか。もちろん歯磨きの習慣もなく、就寝時間も決まっていないから、眠くなったらゴロゴロするような状態。だから、まず毎日お風呂に入ることからスタートしました。結局、その子は親の都合で数か月後に実母のもとに帰っていきましたが…。

特別養子縁組には長蛇の列、なのに里親は…世の中の不条理

── 戸籍上も親子となり一生責任を持って育てる「特別養子縁組」という制度もありますが、岩朝さんはなぜ養育里親を選択されたのでしょうか?

 

岩朝さん:私も最初は特別養子縁組しか考えていませんでした。でも、特別養子縁組として子どもを迎えるための条件はすごく厳しくて、当時は年間300人ほど。今でも特別養子縁組が成立した子どもは年間に600人程度しかいません。

 

私はそのことを里親制度の説明会で初めて知り、「じゃあ、乳児院や児童養護施設で暮らしている子どもたちはどうなっているんだろう」と思って調べたんです。そうしたら、親が加害者で自宅に帰せない、親権者が服役中、精神疾患や薬物中毒で入院中など、何らかの課題があって親が養育できない子どもなのだとわかって。「今、必要なのは特別養子縁組ではなくて、里親として一時的に養育してくれる人なんだ」と痛感しました。

 

── そうなんですね。お恥ずかしながら、私も今までよく理解していませんでした。

 

岩朝さん:私は里親や特別養子縁組のことを35歳で知りましたが、世間では全然知られていません。特に若い方に知ってほしいのは、不妊治療は一般的に45歳くらいまで可能とされているものの、その年齢まで治療を続けてしまうと、特別養子縁組で子どもを迎えることができる可能性は数パーセントしかないということ。ましてや特別養子縁組を希望される方は、みなさん「赤ちゃんがほしい」という思いで里親制度の門をたたきますが、そのときに知るのは、40歳をすぎた里親は特別養子縁組として子どもを迎えられる可能性はかなり低いという現実です。

 

── それはなぜでしょうか?

 

岩朝さん:特別養子縁組を待っている人があまりにも多いからです。希望する人が何千組といます。でも、年齢のハードルが高い。たとえば、43歳の人は1年待つと44歳になりますが、その間に40歳の人が登録した時点で40歳の人が優先的に特別養子縁組へと進むことがめずらしくありません。年齢を重視するのは、子どもにとって将来のリスクがないからです。特別養子縁組は、子どもがほしい夫婦のためではなく、子どものための制度だから。親が育てられない子どもの第二の人生を、国の制度で新たな親との生活を始めてもらうためのものなので、できるだけリスクのない夫婦が選ばれるんです。