39歳で落語家に入門した三遊亭あら馬さん。最年長の前座として、周りと異なる立場でありながら、PTA活動で得たスキルを活かして伝統芸能の世界を邁進。今では離島から特別支援学級まで、落語で子どもたちの教育に挑戦するその理由とは。(全4回中の3回)

黙るのがいちばんの修行でした

前座時代の三遊亭あら馬さん
前座時代。名前の「めくり」をめくるあら馬さん

── 39歳での入門は落語芸術協会では最高齢だったそうですね。どのような苦労がありましたか?

 

あら馬さん:伝統芸能は入門年が早い方が覚えも早く、中卒・中退は「箔がつく」世界。周りの前座の先輩はみんな歳下。対して世の中は年功序列。私のほうが、確定申告もゆうパックの送り方も知っている。とはいえ、その年下の先輩から前座のノウハウを学ばねばここでは生きていけませんから、「下っ端は喋るな」が最善策でした。

 

特に、私は昔タレント活動もしていてアマチュア落語家経験もあったから、ネット情報で事前に出回っていて、最初は「やばいやつが来た、ばばあが来た」みたいな(笑)。だから、私にとっての修行は「黙ること」だったんです。落語のセリフを覚えるよりも、黙るのが大変でした。

 

── そういう環境に慣れるまでどれくらいかかりましたか?

 

あら馬さん:前座修行は4年間あるんですが、1年も経たないうちに「しゃべらないほうがいい」とわかって。社会でも笑顔で黙々と仕事をする新入社員のほうが断然かわいい。子どもたちが何かやらかしたときにも、言い訳をされるよりも、しょんぼりされるほうが怒るのをやめてしまいますよね。 非常に理にかなったノウハウが落語界にはありました。 

 

でも、2年ほど経つと周りの先輩から「さすが、あら馬さんは主婦だけあって手際がいいね」と認められるようになって。最終的には仲間として受け入れてもらえました。

 

修行時代の三遊亭あら馬さん
4年間、前座として修行した

── 年齢を重ねてからの入門だったからこそ、対応できたんでしょうね。

 

あら馬さん:そう思います。もし20代であれば「なんで私が黙らないといけないの」と、絶対にキレていたでしょうね(笑)。

 

でも、年齢のおかげで「ここはこらえどころだな」と自然に思えるようになって、自分が丸くなったなと感じましたね。実は、こうした忍耐力はPTA活動で鍛えられたんです。そのスキルが思わぬところで役立ちました。

PTA会長で身についたスキル

PTA会長時代の三遊亭あら馬さん
地域のおまつりをコスプレで盛り上げるPTA会長

── PTAではどのような活動をされていたんですか?

 

あら馬さん:小学校で3回、中学校で1回、PTA会長を務めました。さらに杉並区の小学校PTA連合協議会の会長まで引き受けることになって。42校もの小学校の意見をまとめ上げる大役でしたね。保護者の代表として行政とのやりとりも多かったです。

 

── 具体的にはどんな活動をされていたのでしょうか?

 

あら馬さん:たとえば、各校の周年行事への列席、特別支援学級の設置や新しい学童の新設に関して保護者の意見の吸い上げ、また、保護者代表として、区議とともに区の予算要望や緑地化計画への提言などもしました。連合会長は区の長と同席することが多い責任のある仕事でしたね。

 

いろんな保護者の方たちがいるじゃないですか。子どもに対する思いが人それぞれ違うのでいろんな意見が出てくる。たとえば、給食のことだけでも「牛乳は牛の乳だから人間が飲むもんじゃない」「ご飯に合うのはお茶だ」と主張する方もいて。みんな自分の子どもにとって最善のことを考えているので、一つひとつの意見に耳を傾けないとならない。

 

そこでも「黙って聞く」ということ、そのうえで理解しようとする姿勢が、落語の修行でも役立ったのだと思いますね。

 

PTA連合会長時代の三遊亭あら馬さん
PTA連合会長時代。「家庭教育講座」の講演をするあら馬さん

── PTAの会長を務めるうえで大変だったことは?

 

あら馬さん:PTA会長になった初年度は本当に苦労しました(笑)。当時はLINEに全員入っていない時代だったので、PTAのメンバー内ではメールのやりとりが中心だったんです。でも、メールだと文章が淡々としているので誤解を招きやすい。結局、直接会って表情を見ながら会議をしたほうがコミュニケーションは取りやすい。会議は今より多かったですけど、意思疎通は図りやすかったかもしれませんね。

 

また、PTA活動をしていると不平等さを感じることが多かったんです。たとえば専業主婦にだけ業務の負担が集中するような状況があって。それでいて兼業主婦に当たりが強かったり。親同士のいじめみたいな感じというか…。それってよくないなと。だから、私が会長のときは業務は平等にしようと足かけ5年、規約改正委員会を立ち上げて変えました。まあ「昔はよかった」と語る世代からの賛否両論はありますけど。

 

下の娘が高校生になった今もPTA活動はしていますが、ボランティアで読み聞かせを9年、娘たちが卒業した今も小中学校で落語をしています。実は落語は子どもの情操教育にもすごくいいんですよ。