看護師でありながら「病院が苦手で」

── 教員として働いた後、訪問看護師として、ふたたび医療の現場に戻られました。どんな思いがあったのでしょう?

 

中野さん:学生と一緒に実習の現場で患者さんと関わるうちに、看護師としての楽しさや喜びをあらためて実感し、現場に戻りたいと思ったんです。ただ、病院で働くという選択肢はまったくありませんでした。

 

中野誠子さん
看護専門学校の教員として勤務していたころの中野さん

── 病院で働くのは嫌だった?

 

中野さん:看護師である私がこんなことを言うのも変ですが、病院の雰囲気が苦手で(笑)。白衣も苦手です。なんだか緊張しちゃうんですよね。それに、精神疾患について学べば学ぶほど、その方の日常生活に関わりながらサポートしていくことが大事だと感じていました。病院は治療するところなので、看護師が患者さんの生活まで考えてケアするのは難しい。自分が患者さんとどう関わりたいかを考えたときに、その人のライフスタイルに合わせて在宅で支えていく「訪問看護師」として働くことを決めました。

 

ですが、その後40歳で転職した訪問看護ステーションでは、経営陣との考え方の違いなど、中堅ならではの悩みにぶつかり、モヤモヤすることも。長年の友人2人と飲んでいたとき、仕事の愚痴を漏らしたら、「そんなに職場が不満なら、自分で起業してみたらどう?」と言われたんです。その言葉をきっかけに起業を決意し、半年後にはその3人で法人を起ち上げました。

 

訪問看護ステーション「くるみ」の創業メンバー
訪問看護ステーション「くるみ」の創業メンバー。一番右が中野さん

── わずか半年で。すごい行動力ですね。

 

中野さん:1人は20年来の看護師仲間で、もうひとりはIT企業の経営者。彼が経営のスキルを活かして、緻密な事業計画を練るなど、率先して導いてくれたおかげです。

 

現在は、専門知識やスキルを持った看護師を含む18名のスタッフで、うつ病などの精神疾患を持つ患者さん約200名のケアをしています。2歳半から90代の高齢者まで幅広い年代の利用者さんがいらっしゃいます。丁寧に話を聞きながら、その方が望む生活が実現できるようにサポートし、必要に応じて、家族のケアも行います。

 

── 2歳半?そんな小さなお子さんもいるのですか?

 

中野さん:発達障害の診断が確実につくのは3歳以降ですが、病院で「疑いあり」という結果が出たお子さんに対し、生活を整えて「療育」を行い、早めにフォローしていきます。

 

── 利用者さんの家に伺うときには、ナース服ではなく、カジュアルな服装で出向くようにしているそうですね。

 

中野さん:利用者さんのなかには、「訪問看護のケアを受けていることを周囲に知られたくない」という人も少なくありません。本人が望む環境を整えることが、私たちの役割です。それに、看護師と話すと思うと、つい身構えてしまったり、何をしゃべったらいいかわからなくなってしまう方もいらっしゃいますから、ナース服は着ません。距離を感じてほしくないので。利用者さんには、「私たちはあなたの一番近くにいる仲間です。味方が一人増えたと思って、安心していろんな話をしてくださいね」とお伝えしています。

 

PROFILE 中野誠子さん

なかの・せいこ。1980年、熊本県生まれ。高校卒業後、精神科の看護師として5年勤務。その後、重症心身障害児施設、看護学校の教員を経て、訪問看護ステーションで働く。2022年7月に仲間と共同で「Make Care」を創業し、代表取締役社長に就任。同年11月、大阪市内全域を対象に、精神科に特化した訪問看護ステーション「くるみ」を立ち上げ、運営。

 

取材・文/西尾英子 写真提供/中野誠子