「エリマキとかげ」「ウーパールーパー」など、珍しい生き物が現れるとブームになることがあります。2002年に現れたのが、アゴヒゲアザラシのタマちゃん。当時発足したタマちゃんを見守る会は、その一挙手一投足に胸を躍らせたといいます。同会会長の相澤亮治さんに当時の熱狂について聞きました。(全2回中の1回)

食事もトイレも忘れ…1日じゅうタマちゃんを追いかけた

2002年の8月7日、多摩川に現れ、その後、鶴見川や大岡川などを転々としたアゴヒゲアザラシのタマちゃん。テレビなどでも取り上げられ、空前のブームとなりました。そのときに、市民の声かけで発足した「タマちゃんを見守る会」は、今もまだ活動を続けています。

 

アゴヒゲアザラシのタマちゃんの行動調査について記載した記事
アゴヒゲアザラシのタマちゃんの行動調査について記載した記事

「もともとは個人個人で、タマちゃんを見に行ったり、写真を撮ったり、ビデオを撮影したりと、活動をしていました。タマちゃんが多摩川から南下して帷子川に来たときに、皆が写真をもちよって、写真展を開こうと話したのが『タマちゃんを見守る会』発足のきっかけです」 

 

同年11月末、横浜・関内のホテルで写真展を開催したおり、写真展の開催の呼びかけなどに母体となる組織が必要だろうとなり、写真展が同会の発会式にもなったそうです。 

 

「それまでは見知らぬ人同士で、タマちゃんが現れる現地で会うと挨拶する程度でした。会をつくってからは情報交換が活発になりました。私はタマちゃんが現れてから、その様子をこまかく記録につけていました。たとえば、 タマちゃんがリラックスして泳いでいるときの様子、目視で確認したおしっこの色や量、地上に現れる時間のグラフなど、記録をとっていました」

 

当時、すでに定年退職をしていた会長の相澤さんは、早朝から自転車で川まで見に行き、日没まで観察を続けたといいます。しかも、食事やトイレを忘れるくらい熱中していたそうです。

 

「タマちゃんを見守る会」のメンバー
いまでも定期的に会合が開かれている

「少しでも場所を離れると記録ができなくなるので、観察を続けました。また、いつ行っても会えるわけでなく、数日間、姿を現さないこともありました。そういうときは『どこに行ったのかな?』と、会のメンバーと想像しながら、『横浜港にいないかな?』と、皆で探しに出たりしていました。タマちゃんを探しに行くツアーのような状態でしたね」

 

会のメンバーは多摩川の近隣住民だけではありません。会社員をしながら、東京・晴海からかけつける方もいるなど、当時の会員数は総勢200名だったそうです。

 

「タマちゃんが現れれば周辺でかき氷やお弁当の屋台の出店が出たり、警察がパトロールに来たり、多いときは1000人以上がタマちゃん目当てに川に集まっていました」 

タマちゃんが姿を消してから会が続いた理由

これはもう、いまで言う「推し活」といってもいいでしょう。タマちゃんの一挙手一投足に魅せられたのが「タマちゃんを見守る会」の面々でした。

 

「といっても、最初に姿を現してから2年後の2004年4月11日に埼玉県・荒川で確認されたのを最後に、見かけることがなくなりました。それでも、タマちゃんを愛した会員は毎月、会合を開き、写真を見ては思い出を語り、アザラシの生息の研究などをしてきました。その後、日本国内の沿岸にアザラシやオットセイが40個体ほど漂流したことが報道されました。可能な範囲で現地に赴いて観察を行い、『あれは、タマちゃんなのかな?』と、個体の特徴を比較研究することもありました」

 

アゴヒゲアザラシのタマちゃんについての研究結果をまとめた冊子の一部
研究結果は冊子にまとめている

タマちゃんがいなくなった悲しさより、それ以降は「いつか再会するかもしれない」という思いもあり、生態の研究に全力を尽くして、活動は20年間続いているそうです。 

 

「姿を消した後、タマちゃんの会はさまざまな動物の行動観察もするようになりました。勉強のために、身近な犬猫や鳥の行動を観察したのです。ただ、鳥を眺めるだけではなく、鳥の地衣類(コケのようなもの)がどこにあるかなどを調べる活動もしていました。じつは地衣類が大気汚染の環境指標になっていて、その範囲が大きいと汚染が広いことを示します。そういった視点などで動物を観察・研究をして論文にまとめていくなど、知識や見る目を養っていきました」 

 

とはいえ、タマちゃんというシンボルが姿を見せなくなったなか、なぜ、20年以上も活動を続けているのでしょうか。 

 

「会の方針が緩いからだと思います。当時から各人の意思を尊重していました。規則は『会の輪を大切にすること』だけ。会費もないし、毎月開催を義務にもしていません。当時から勧誘することなく、思い出を語ったり、生き物への探求心があるから続いているんだと思います。私の『会長』という肩書きも、研究の発表会などで必要だから便宜的に設けただけですから」 

 

いまも続く「タマちゃんを見守る会」。現在も数十名を中心に活動を続けています。リタイア世代もいれば、現役で働く人もいて、その関心はタマちゃんから動物の生態や河川の環境などにもフィールドを大きく広げているようです。

 

取材・文/西村智宏 画像提供/タマちゃんを見守る会