「18歳を過ぎても安心して通い続けられる場所を」

── 近年、障がいの有無などさまざまな違いを超えて、すべての子どもたちが同じ環境で共に学ぶ「インクルーシブ教育」という言葉を耳にする機会が増えました。大和さんを14年間育ててきて感じたことやデイサービスを運営していて思うことがあれば聞かせてください。

 

永里さん:大和が幼少期を過ごした鳥取では、「基本的には養護学校に行ってください。普通の学校の学習室に入る場合は、保護者の方も一緒に入ってください」と言われたんです。かかりつけのお医者さん、相談支援の人、行政の人などが面談をしてくれて、大和に合った事業所を提案してくれたり一緒に見学に行ってくれたりもして。ぼくたち家族としては、障がいの特性をしっかりと把握しているプロの先生がいるところに通えるのは、すごく安心だなと感じていたんです。

 

7歳のときの大和さんと

厚木に引っ越してきたときは、逆に小学校の学習室を勧められたんです。でも、ぼくたち夫婦としては「いやいや息子は絶対に無理なので、支援学校がいいです。支援学校一択です」という感じで。どうして重度の障がいを持つ息子が普通の学校の学習室を勧めてもらったのかなと思って聞いてみると、「普通の子と一緒の学校に通いたいという考えを持つ保護者の方もいらっしゃるから」というようなお話だったんです。特性や障がいの程度、ご家庭の考え方、先生の理解など、さまざまなので一概には言えませんが、インクルーシブはもちろん大事だけど、定型の子と同じ扱いを受けることが、子と親にとってベストな選択になるかどうかは難しいところだなと思います。

 

もしかしたら、学校や先生によっては、支援ではなく指導をしているケースもあるかもしれません。ハートフルに通ってくれているお子さんのなかには、定型の子と同じ扱いを受けることが苦しくて、部活や学校に行けなくなってしまったお子さんもいて。学校や先生の特性に対する理解と関心が、さらに高くなるといいのかなと思います。

 

── 最後に、大和さんに願うことと今後の目標を教えてください。

 

永里さん:ぼくが先に死ぬので、できるだけ身辺自立できることを増やしてほしいなとは思います。でも、それよりも何よりも、大和自身が安心できるものや場所、人をたくさん増やしてほしいなというのが一番の願いですね。急にしゃべれるようになれとか、完璧にご飯を食べられるようになれとか着替えられるようになれとか、できるようになってくれればそれはそれで嬉しいですけど、それ以上に、本人が楽しく安心して過ごせる場所と手段を増やしてくれればいいなと思います。

 

今は、児童福祉法で原則的には18歳までしか放課後等デイサービスが利用できないので、普通の子は高校を卒業すると大学や専門学校に行く選択肢があるんだろうけど、息子のような子はいきなり社会人になっちゃうんですよね。大和の場合、就労支援は難しいのかなと思うので、入所施設や生活介護を利用するような形になるのかなと思うんです。でも、新しい場所に馴染むのに時間がかかるお子さんもいますし、ハートフルには小学校から通ってくれているお子さんもたくさんいるので、高校を卒業したあとも安心して通い続けられる場所をぼくが作ることが今の目標です。

 

PROFILE 永里源気さん

1985年12月16日生まれ。湘南ベルマーレユースを経てトップチームに昇格。その後、東京ヴェルディ、アビスパ福岡、ヴァンフォーレ甲府などで活躍した。22歳のときに結婚し、4児の父に。現在は地元・神奈川県厚木市で療育特化型「放課後等デイサービス Athletic club ハートフル」を開設しており、少年サッカーチームやスクールも運営している。元女子サッカー日本代表の永里優季さん、永里亜紗乃さんは実妹。

 

取材・文/長田莉沙 写真提供/永里源気