みずからも会食恐怖症を克服した山口健太さん。大学時代に起業し、現在は会食恐怖症の人を支援する活動を続けています。(全2回中の2回)

「初めて人に話せました」という人も

会食恐怖症の当事者でもある山口さん
会食恐怖症の当事者でもある山口さん

── ご自身の経験を生かして、人前で食事をすることに不安や恐怖を感じる「会食恐怖症」の人を支援する活動を始められたのですね。

 

山口さん:最初から支援活動をできたわけではありません。大学時代に自分がやりたいことを考えたとき、「会食恐怖症の人たちのために何かやりたいな」とは思ったのですが、何をどうすればいいのかは見えていませんでした。

 

23歳の頃、マーケティングや経営の勉強会で、講師に「まだ若いんだし、もっと自分だからできることを追及したほうがいい」とアドバイスされたんです。当時伸び盛りだったWEBの勉強をして起業していたのですが、「誰でもできることをやっていたら、つまらないよ」と。そう言われて、「自分にしかできないことってなんだろう」と自分のことを振り返ったとき、人生でいちばんつらかったのは会食恐怖症になって、そのことを誰にも話せないし、誰にも理解してもらえないという孤独感だったと思い出しました。

 

Twitter(当時)で調べたら、たくさんの人が会食恐怖症で悩んでいることがわかって、まずはブログで情報発信を始めました。

 

── どのような内容を発信されたのですか。

 

山口さん:まずは「会食恐怖症がどういうものか」という情報です。不安障害のひとつに社交不安症があり、会食恐怖症はその中に位置づけられているのですが、当時はわかりやすい情報が少なかったんです。それで、自分で本を読んでインプットした情報をわかりやすい記事にまとめました。

 

ブログや読者の方から感想をいただくことも多くて、会食恐怖症で悩んでいる人に実際に会いたいと思うようになりました。オフ会を企画して、実際に半年で100人くらいの人に会ってみたことで、「考え方を変えることを大事にして、スモールステップでの行動をしていく」ということを伝えていけば、きっと克服に導くことができると確信が持てました。

 

2017年に法人化した頃は、僕がひとりで講座を開催したり、リアルやオンラインで相談に応じたりしていましたが、だんだんひとりでは回らなくなって。2020年頃からは認定カウンセラーの育成を始めました。講座を受講した人は100人以上、稼働しているカウンセラーは10人ほどいます。

 

2020年からは「食べなくてもいいカフェ」を始めました。東京で始めて、今では全国に広まっています。だいたい月1回くらいのペースで開催しています。 飲みものやお菓子は置いてありますが、食べなくていい。会食恐怖症の当事者同士が直接、会って交流できる場になっています。「初めて人に話せました」とか「同じ悩みを持つ人に初めて会えました」という声をいただくことが多いですね。

 

「食べなくてもいいカフェ」をオープン
「食べなくてもいいカフェ」をオープン

── 学校の先生などに向けて、給食指導の支援もされています。

 

山口さん:会食恐怖症の発症時期は思春期が多いといわれていますが、なかには保育園や小学生時代のこともあります。思春期に発症した人でも、給食のエピソードを話してくれる人は多いです。ただ、学校の先生たちも普段の業務で手いっぱいで、会食恐怖症の情報を入手できていません。給食指導に関する研修があるわけではなく、先生たちも自分の経験をもとに指導するしかないんです。なので、「月刊給食指導研修資料(きゅうけん)」を発行したり、保育園やインターナショナルスクール、小学校の先生向けの研修会などを行っています。

 

──「残さずに食べなければいけない」という指導は避けるべきなのでしょうか。

 

山口さん:そうですね。ただ、「完食を目指すこと=悪」というわけではないです。完食を目指すことは、食を広げることでもあります。よくないのは、そのために「ムリに食べさせる」ことだと思っています。食べられない、食べない理由は子どもによってさまざまです。「この子はこういう理由で食べられない、それならこういうプランを立ててやってみよう」と、同じ目標に向かっていても、やり方はいろいろあります。その子に合ったやり方を見つけてあげるのがいいんだよ、ということを伝えています。

 

── 親から、学校に「ムリに食べさせないでほしい」と伝えてもいいですか。

 

山口さん:いいと思います。文部省のガイドラインも「食べられない子への配慮をしましょう」と変化しています。そのぶん、現場の先生が「この子にはどの程度、食べさせたほうがいいのだろう」と迷う場合が増えています。親の意向は、「こういう理由で食べられません」「こうしてもらえると比較的食べられます」などと、わかりやすく書面にまとめて先生に渡すのがおすすめです。

親が期待値とハードルを下げる

講演会の様子
講演会の様子

── 偏食や食が細い子どもに、親としてどんな声をかけたらいいのでしょうか。

 

山口さん:どんな場合も、ムリに食べさせるのはよくないです。中学生くらいまでの子どもが好き嫌いをする理由に、口腔機能が未発達でうまく処理できないということがあります。口に入れることはできても、いつまでも飲みこめなくて口の中に残ってしまったら余計に嫌いになってしまう。ムリに飲みこめば、窒息の危険もあります。飲みこめないときは「出していいよ」と言ってあげるといいですね。

 

── 苦手な食材は、小さく刻んでこっそり好物に入れるのはどうでしょうか。

 

山口さん:黙って入れるのはよくないですね。食べる前は「おいしそうなハンバーグ」と思ったのに、食べてみたら嫌いなにんじんが入っていた。これではマイナスのギャップになってしまいます。好きだったハンバーグを嫌いになってしまったり、作り手への信頼が失われたりする恐れもあります。それより、「にんじんを入れたけど、おいしく食べられるように工夫してみたよ」という声をかければ、「期待値は低かったけれど、意外とおいしい」というプラスのギャップになります。一度食べられれば、次は自分から「食べてみようかな」と思えるかもしれません。

 

大事なのは、「ムリに食べさせられる」のではなく、「自分で食べられる」という自信をつけてあげることなので。

 

── 子どもが食べないと、ついイライラしてしまいます。

 

山口さん:「ガッカリの公式」と呼んでいるんですが、「親が食べてくれるだろうという期待-子どもが食べる量=ガッカリ」なんです。期待値が高いとガッカリしたりイライラしたりするので、期待しないことがいちばんです。

 

栄養がたりているかが心配になる場合は、数値で判断します。成長曲線を見て、身長に対して体重が極端に少なくないかどうか。あとは、毎日の様子を見て、元気に過ごしていれば心配する必要はないと思います。むしろ、「親がイライラすることで子どもが食べなくなる」と思ったほうがいいですね。保護者向けの講座では、「自分自身が楽しめる時間を作ってください」とお話ししています。自分にとって充実した時間が少ないほど、自分がしたことへの成果がないとイライラしてしまいます。実際に、「好きなことをするようになって、子どもが多少食べなくても気にならなくなりました」という声をよくいただきます。

 

親は、自分の状態に合わせて、「そのときできることをする」というスタンスでいいと思います。元気でやる気があるときは、子どもが好きそうなものを作ってみるのもいいし、「今日は疲れていてムリ」という日は、「自分が楽しく食べられればOK」とハードルを下げればいい。食べられなくても、「食事って楽しいな」という時間を作れれば、じゅうぶん食育になります。

 

PROFILE 山口健太さん

やまぐち・けんた。一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会を設立。全国に活動が広がりつつある「食べなくてもいいカフェ」の創設者。教育者向けに「月刊給食指導研修資料(きゅうけん)」を発行。著書に『マンガでわかる食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)ほか。

取材・文/林優子 写真提供/山口健太