高校時代に会食恐怖症に悩み、現在は会食恐怖症の人を支援する活動を続けている山口健太さん。当事者としての経験をうかがいました。(全2回中の1回)

合宿で2合の白米が食べられないことから始まった

── 会食恐怖症がどういうものかということと、ご自身が発症されたときのことを教えていただけますか。

 

山口さん:会食恐怖症は不安障害の一種で、人前で食事をすることに不安や恐怖を感じることです。自分が発症したきっかけは、高校時代の野球部の合宿です。合宿では「食トレ」といって、朝2合、昼2合、夜3合の白米を食べなければいけないノルマがありました。でも、僕は初日の昼ごはんを食べられなかったんです。そうしたら晩ごはんの前に、みんなの前で指導者に「山口、昼、食っていなかっただろう。いつも食っていないからこういうときに食べられないんだぞ」と問い詰められて。家ではたくさん食べるようにしていたのですが、そのときは緊張して食べられなかったんです。その直後のごはんは、吐き気がしてどうしても食べられませんでした。食べようとしても気持ち悪くなってしまうんです。

 

会食恐怖症を発症した野球時代
会食恐怖症を発症した野球時代

合宿中、食べられない僕を「大丈夫か」と心配してくれる部員はいましたが、指導者には何も言われませんでした。どう思っていたんでしょうね。それ以来、人と食事をしようとすると、気持ち悪くなるなどの不安症状が出るようになりました。

 

子どもの頃からどちらかというと小食で、小学校では給食を居残りして食べさせられた経験もあって。給食のことを考えると「今日は食べられるかな」と不安を感じることもよくありました。中学校はお弁当だったので、自分の好きなものを好きな量、食べられるようになったんですけど。

 

── 食べられないことを誰かに相談されましたか。

 

山口さん:高校時代に一度、友達に話してみたことがあるんですが、「それじゃ、彼女できないよ」なんて言われて、「そうだよな、言ったところで理解できないよな」と思って。それからは誰にも話しませんでした。親にも心配をかけたくなくて、相談できませんでした。

 

ひとりでいるときは食事ができたし、僕の場合は家族といるときは平気でした。はじめのうちは、学校で仲のいい友達とお弁当を食べるときは比較的、安心して食べられたんですけど、そのうちだんだん食べられなくなっていきました。いつも「食事の時間が早く終わりますように」と思いながら、やり過ごしていました。

 

病院には行きませんでした。心療内科を受診するのはハードルが高かったですね。自分でいろいろ調べてはみました。そうしたら、「人とごはんを食べるのが苦手な症状がある」ということがわかって、自分以外にそんな人は周りにいないけど、世の中には同じ症状に悩んでいる人がいるのかもしれないと思いました。

受け入れてくれる人がいるとわかっただけで

会食恐怖症の当事者でもある山口健太さん
会食恐怖症の当事者でもある山口健太さん

── 今は会食恐怖症を克服されたそうですが、きっかけは何だったのですか。

 

山口さん:克服できた理由は3つあります。

 

1つは、自分への向き合い方を変えたことです。高校3年生の頃、受験勉強をしなきゃいけないのにやる気が出なくて、ついダラダラしてしまっていました。「なんでやる気がわかないんだろう」と思って、勉強法や目標達成法を発信している人のブログを読み漁ったんです。

 

そうしたら、「自分に自信がないと目標達成はできない」と書いてあって、「これ、自分に当てはまるな」と思いました。当時は、自己肯定感が低くて自分のことが嫌いだったんです。鏡も見たくないし、人の目も気になって。「そこを変えないと、人生うまくいかないな」と気づいたんです。

 

── 自己肯定感が低かった原因はなんでしょうか。

 

山口さん:父親の機嫌をうかがっていた幼少期の家庭環境や、中学校の野球部顧問の、今なら問題になるほどの暴力的な指導は、影響していると思います。

 

自己肯定感を高めるためのメンタル的なアプローチに興味を持ってからは、自分にかける言葉を変えるようにしました。「ダメだ」「何やってるんだ」と責めるのではなくて、「大丈夫」「できるよ」と言うようにするとか。

 

会食恐怖症を克服した2つめの理由が、大学で新人歓迎会へ行ったことだったんですが、それもメンタルの土台ができていたおかげだと思います。大勢で食事をする場へ行くのはムリだと思っていたんですが、「行ってみようかな」と、行動につなげることができました。行ってみたら、飲みものだけ飲んでいれば何も食べなくても楽しく過ごせるということがわかって、そういう場へ行くハードルが下がりました。

 

大学生になり、少しずつ克服の兆しが見えてきた
大学生になり、少しずつ克服の兆しが見えてきた

3つめは、アルバイト先のまかないを食べられるようになったことです。大学1年の夏休みに、先輩に誘われてお寿司屋さんでアルバイトを始めたんですが、最初はまかないが食べられませんでした。あるとき、休憩中にお店の人にそれとなく話したら、「ムリして食べなくていいよ」と受け入れてくれたんです。それまでは、「食べなきゃダメだ」「食べられないのはダメなヤツだ」と自分で思い込んでいました。それが、「ムリして食べなくてもいいと言ってくれる人もいるんだな」ということがわかって。そうしたら、それだけでだんだん食べられる量が増えていきました。1年くらいたった頃には、アルバイト先以外でも食べられるようになりました。

 

PROFILE 山口健太さん

やまぐち・けんた。一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会を設立。全国に活動が広がりつつある「食べなくてもいいカフェ」の創設者。教育者向けに「月刊給食指導研修資料(きゅうけん)」を発行。著書に『マンガでわかる食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)ほか。

取材・文/林優子 写真提供/山口健太