「子どもが水を飲めなくなるって、そんなに気にすること?」…そう思う人はいるかもしれません。しかし、いまはよくても、さまざまなケースで弊害が起こることが予想されています。武蔵野大客員教授の橋本淳司さんに、「水が飲めない」危機について聞きました。
災害時は水しか支給されないことも…
── 水が飲めない子どもたちが増えていると聞きました。子どもが水を飲まないことで起こる弊害とはどんなことでしょうか?
橋本さん:1点目として災害が起きたときが心配です。緊急時は水しか用意できない場合もあります。そのときに水が飲めないと、水分補給ができなくなってしまいます。2点目は健康上の問題です。いつもスポーツドリンクやジュースを飲んでいると、肥満や若年性糖尿病の心配があります。それらの成分表示表を見ると、「炭水化物」という項目があります。炭水化物とは糖質と食物繊維を合わせた総称ですが、原材料の多くが砂糖、果糖ぶどう糖液糖、果汁です。つまり、この炭水化物は「ほぼ糖分」と考えられます。
一般的なスポーツドリンクには100ミリリットルあたり、だいたい6グラム前後の炭水化物が入っています。500ミリリットルのペットボトル入りスポーツドリンクを1本飲んだ場合、約30グラムの糖分を摂取することになるのです。30グラムの糖分がどれくらいの量なのか具体的な例を挙げると、角砂糖ひとつが約3.3グラムです。つまり、500ミリリットルのペットボトル入りスポーツドリンクには、角砂糖が約10個ほどの糖分が入っているのです。
── そう考えると、かなり糖分摂取量が多いですね。
橋本さん: WHOが肥満防止のために定めている子どもの1日の糖分摂取量は16グラムです。食事のなかでも糖分は摂取しているので、毎日スポーツドリンクを飲んでいると、糖分過多におちいってしまいます。
熱中症対策にはスポーツドリンクは有効
── スポーツドリンクは熱中症に有効だと言われています。それでも水を飲んだほうがいいのでしょうか?
橋本さん:もちろん「スポーツドリンクではなく、絶対に水を飲もう」と言っているわけではありません。夏にスポーツをする際など、大量に汗をかく場合は熱中症対策としてもスポーツドリンクは有効です。文部科学省と環境省は「学校における熱中症対策ガイドライン作成の手引き」で、「熱中症対策には0.1~0.2%の食塩水、あるいはスポーツドリンクを補給するといい」としています。
実際、スポーツドリンクは熱中症予防のために開発されたものです。60年ほど前までは世界的に「運動するときは水分を摂ってはいけない」という考え方が一般的でした。それが1960年代のアメリカで、アメリカンフットボールの試合中に熱中症が相次いだんです。そこでスポーツをするときは水分補給が必要だと研究が進み、スポーツドリンクが開発されました。でも、「熱中症にならないようにしよう」という程度の軽い気持ちで、スポーツドリンクばかりを飲み続けていると、肥満や若年性糖尿病の原因のひとつになるおそれがあるのです。災害時や健康上のことを考えると、水は飲めたほうがいいと伝えたいです。
2~3時間に1回「コップ1杯の水」が適量
── 子どもにとって身体にいい水の飲み方はありますか?
橋本さん:大人も子どもも、まずは飲む量が大切です。体重や運動量によっても差がありますが、だいたい1日に1.5リットル~2リットルの水分が必要だと言われています。通常、食事からとる水分が0.3リットルほどあるので、1日で約1.2リットル以上の水を飲む必要があります。飲み方ですが、身体が一度に吸収できる水分量は200~250ミリリットルです。一気に飲むと尿として排出されてしまいます。だいたい2~3時間にコップ1杯の水を飲むと、適切な水分を補給できます。尿の色が濃くなっている場合は体内の水分が減っていると言われています。できるだけ早く水分補給をしたほうがいいでしょう。
── 水分補給はこまめに行うのが大切なんですね。
橋本さん:のどがかわく前に水を飲むことが大切です。人間は水分不足におちいると、イライラしたり、記憶力が低下したりするなど、精神的にも不安定になりやすいんです。難しいかもしれませんが、水分補給を忘れないよう、タイマーをかけておくのもひとつの手です。また、とくに子どもは身長が小さいため、地面に近い部分にいます。すると、地面に反射した太陽の熱を浴びてしまい、体内の水分の消耗が激しくなります。だから、大人より子どものほうがより意識して水を飲む必要があると言えます。
PROFILE 橋本 淳司さん
はしもと・じゅんじ。水ジャーナリストとして水問題やその解決方法をメディアで発信する。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。アクアスフィア・水教育研究所代表として、学校、自治体、企業などと連携し水に関するプロジェクトを実施。現在は武蔵野大学工学部環境システム学科客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョンプログラム」研究主幹。
取材・文/齋田多恵 写真/PIXTA