39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断されてから11年。現在、当事者の方のための講演活動などを行っている丹野智文さんは「認知症の人は工夫する機会を奪われることが多い」と常日頃から懸念しています。これから当事者の圧倒的な助けになるのは「スマートフォン」と話す、その理由とは。(全3回中の2回)
認知症の人が皆「やりたいことがない」と言う理由
── 丹野さんが活動されている、認知症当事者の方のための相談窓口「おれんじドア」では、本人の「やりたいこと」を大切にされているそうですね。
丹野さん:はい。当事者にお会いしたときは、「これから、何をやりたいか」を必ず聞きます。病名や困っていることは聞きません。アンケートも取ったことがありません。自分がそうされて嫌だったから。
──「何をやりたいか」を聞かれた人たちからは、どんな答えが返ってくるのですか?
丹野さん:「買い物に行きたい」「山登りをしたい」という話になるのです。それで、僕が「なぜ行かないの?」と聞くと、たいてい「財布を持っていないから」「出かけさせてもらえないから」と返ってきます。その言葉のなかに「財布を持つことを許されていない」など、困りごとが見えてくる。聞き方を工夫することで、僕が本当に知りたいことがわかってくるんです。
── 困りごとが見えたとき、丹野さんはどうされるのですか?
丹野さん:「じゃあ、財布を持ってみようか」と声をかけます。ご家族の理解がなかなか得られなくて難しいときもあります。でも、自分からご家族に「財布を持たせてほしい」と話すよう、アドバイスしています。
また、「何をやりたい?」と聞いたとき、「何でもいい」と答える人のほぼ全員が、普段から財布を持っていないことにも気づきました。認知症の方は、「どこかで忘れてくるといけないから」と、ご家族から財布を持って出かけることを止められている場合が多いんです。本人は、財布がないと何も買えないから、心細くて外に出られません。認知症と診断された人は家に閉じこもりがちになるといわれますが、「財布を持たせてもらえない」といった事情もあると思います。
── 家に閉じこもりがちになるのは、そういった理由もあるのですね。
丹野さん:認知症になると、本人は「病気になって家族に迷惑をかけて申し訳ない」という気持ちが大きくなります。だから、財布を持たせてもらえなくても何も言えません。同時に、財布も持てない状態の自分を受け入れるしかなくて、すべてを諦めてしまうようになります。認知症の進行は止められないかもしれない。でも工夫すれば、症状によって困ることを解消し、暮らしやすくなると思うんです。
忘れそうなことは「スマホのアラーム機能」に頼る
── 丹野さんは普段、どんな工夫をされていますか?
丹野さん:スマホを使っています。まず、アラーム機能でスケジュール管理をしています。たとえば、講演活動ではホテルに泊まるとき、主催者の方から「明日、朝9時にお迎えに行きます」と言われても、全然記憶にないんです。記憶に残っていたとしても、少しでも違うことを考えると誤認識して、待ち合わせができなくなってしまう。
そんなとき、アラーム機能に助けてもらっています。今日の取材でもちゃんと時間通り、僕が現れたでしょう?それは、取材が決まった時点で、今日の午後1時45分にアラームが鳴って、スマホの画面に「取材の時間だよ」って文字が出てくるように設定しているからです。自宅を出発する時間、バスの時間など、すべてアラーム機能で管理しています。
あと、最初の頃、「起きる時間」と文字が出たとたん、命令されているように感じてイラッときたので、「起きる時間だよ〜」と語尾を伸ばすようにしました(笑)。
──「〜」と入れるだけで、柔らかくて、優しい感じになりますね。
丹野さん:「起きる時間だよ〜」の後には、当日絶対に持っていかなければいけないもの、例えばパソコンだったら、「パソコンを持っていってね」と文字が出るようにします。だから、ほとんど忘れ物はありません。もしかしたら、多くの人は「覚えよう」と思っているから忘れるのかも。僕は「覚えなくてもいい」と思っているんです。だから、結果的にものを忘れないのかもしれない。
── ほかにはどんな工夫をされていますか?
丹野さん:Google Mapも、毎日のように使っています。誰かとの待ち合わせ場所や飲食店も検索をすればすぐ出てくるし。それに、電車の乗り換えアプリも。何番線に乗ればいいかまで教えてくれるから、あとはそこに向かっていくだけです。
LINEのビデオ通話も便利です。講演会場に行く途中で道に迷ったときには、主催者の方に電話をして、「ここにいるよ」ってまわりの景色を見せれば、「じゃあ、2つ先の信号の角を右に曲がって来てください」と、場所を教えてもらえます。
成功体験は「失敗→工夫」からしか生まれない
── たくさんの工夫で過ごしやすい環境をつくられているのがよくわかります。
丹野さん:もちろん、失敗もします。だから、工夫をするんです。工夫をすることで成功体験が生まれて、自信がつく。その結果、元気になれるんだと思うんです。
── 工夫することで成功体験が生まれて、元気になれる。どんなことでも大切なことは共通していますね。
丹野さん:たとえば、もともと外に出かけるのが大好きだったおばあちゃんが、認知症になってから家に引きこもるようになったそうなんです。「どうして?」とおばあちゃんに聞いてみたら、いろんな花の名前を思い浮かべながら散歩をするのが楽しかったのに、認知症になってからは花を見ても名前がわからなくなって、それで嫌になったというんです。だから、スマホのアプリを教えてあげました。花にスマホを近づけると花の名前が表示されるアプリで、その後は喜んで毎日出かけるようになりました。
── よかった!
丹野さん:忘れたっていいんです。忘れてもアプリが教えてくれます。楽しい気持ちになれれば、また外にもたくさん出かけたくなります。自分でできることも増えると思います。
── 本当にそうですね。
丹野さん:僕だって、2泊3日の講演会に出張したとき、自分で荷物を支度して行ったのですが、バッグに靴下が6日分入っているのに、下着が1枚もなかったんです。「えー!」と思ったけど、すぐGoogleで近くのコンビニを検索して、そこで買いました。スマホがあればたいていのことは困らないと思っています。
でも、荷物をすべて家族が準備してくれていたら多分、僕はすぐ家族に電話して、「どうして入れてくれなかったの?」と文句を言うと思います。そうしたら、妻も僕もイヤな気持ちになりますよね?家族の関係性が崩れる原因にもなるかもしれません。
自分で失敗したことはあとで笑い話になります。だから、認知症になったとしても、自分でできることは自分でやるように頑張ってほしい。そうすれば、次も頑張れると思うんです。
スマホのフル活用は将来の備えにもなる
── スマホは何げなく使っている人も多いと思いますが、うまく使えば暮らし方にも家族との関係性にも良い効果が生まれそうですね。
丹野さん:僕は、今健康な人にも「スマホをどんどん使ってください」と伝えたいです。いろいろな機能を使いこなしておくことで、いざというときに役立つと思うので。「もし自分が認知症になったらどう工夫するか」を考えるだけでも、自分や大切な人たちの「備え」となると思うんです。
PROFILE 丹野智文さん
1974年、宮城県生まれ。ネッツトヨタ仙台で営業マンとして活躍する中、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断される。現在、講演活動、また当事者のための相談窓口「おれんじドア」の代表として活動している。著書に『丹野智文 笑顔で生きる―認知症とともに―』『認知症の私から見える社会』がある。
取材・文/高梨真紀 写真提供/丹野智文