「表舞台の人の気持ちなんかわからないでしょ」母に当たる
── 大分から単身上京してアイドルを続けることは、ご苦労もあったのではないでしょうか?
衛藤さん:そうですね。華やかな世界ですがプロの仕事現場ですから、ウキウキすることばかりではなく、「逃げたい」とか「大分に帰りたい」と思ったこともありました。最初は知名度ゼロでティッシュ配りをして宣伝したり、収入が安定せず「もやし炒め」を食べる日々も経験しました。アンダーとして苦しく、つらい2年間もありましたが、その間、弱音を吐くホームシックの私に、母が大分の食べ物を送ってくれたり励ましてくれたりしてくれたので、乗り越えることができました。
人気が出ると今度は多忙すぎて記憶が飛ぶくらいに。ずっとメイクをして過ごしていて、素に戻れる時間がほとんどありませんでした。そんなとき、母から叱られたことがありました。今思えば、忙しさから気持ちの余裕がなくなり、家族に八つ当たりしていたんですよね。「表舞台の人の気持ちなんてわからないでしょ」って。睡眠が十分にとれていないし、ライバルである仲間たちと競争する世界にいて、心がギスギスしてしまったときで。母に「人としての感謝の心まで忘れるんだったら辞めたら?」と言われたんです。
── そのときお母さんの言葉に「ハッ」とさせられたんですね。
衛藤さん:それが全然。むしろ言い返したくらいです。「絶対お母さんはわかんないと思う、私の気持ち。ゆっくり寝てる人にはわからない」って。でもだんだん目の前の現実でうまくいかないことが増え、「あー、やっぱり私って感謝ができてないな」と感じて、母の言葉の意味が徐々にわかるようになりました。
プライベートで母に当たっていたときは、表に出ているアイドルとしてはいろんな見えない苦労をしてベストを尽くしていたときですから、周りから見たら一番輝いていたときなんです。綺麗でいること、ファンの方に愛される自分でいることに全力を注いでいましたから。アイドルとしてこうあるべきという“理想の衛藤美彩”を演じていくうちに、本当の自分がわからなくなっていたんでしょうね。
今は出産して家事をして育児をして、一般的な価値観を持てるようになりましたけど、振り返ったら、パラレルワールドの別人格に思えます。当時の私はすごくキラキラしていましたね。夢の国にいたような。いいことも悪いこともすべて頑張って輝いていた8年間だったなって、今は不思議な気持ちですね。
「初めて話します」前例がなかった卒業ソロコンサートの秘話
── 卒業を決めたのはどういうきっかけだったのでしょうか?
衛藤さん:20代後半は何か別の挑戦をしてみたかったので、25歳くらいには卒業しようと決めていました。私、アイドルになって、いろいろな夢を叶えさせてもらったんです。雑誌のモデルをしたり、MVで演技をしたのを機に芝居の魅力を知ってミュージカルの舞台にも立たせてもらったり。「自分の叶えたいリスト」があって、それが全部叶ったというのも卒業の理由です。
初めて話しますが、そのリストの中で、ひとつだけ卒業までに叶ってなかったのが、ソロコンサートだったんです。正直、“夢のまた夢”すぎて、リストに入れていたけどカウントしてなかったくらい。「卒業したいです」と相談したときに「卒業コンサートどうする?」という話になり。空いている会場の関係で、思いがけずソロコンサートをする運びになりました。
前例がないことだったので、驚きすぎて鳥肌が立ちましたが、「それが叶うならやらせていただきたいです!」と即答でしたね。それまで卒コンと言えば東京ドームのような大きな会場でメンバー全員で、という形が定番でしたが、8000人収容規模の両国国技館で開催となったので、運よくソロという形が叶ったんです。結果的に、乃木坂46での興行としてソロでコンサートを行うのは私が初となりました。動員数の10倍を超える8万人の応募をいただき、驚きましたし、嬉しかったです。日頃からソロコンの夢を口にしていたこと、それを覚えてくださっていたスタッフの方がいたこと、スケジュールやさまざまな条件がマッチして本当に偶然、叶った夢でした。やりたいことを口に出すことは大事で、それを誰に言うかも大事だなと実感しました。
グループでのステージだとひとりだけの歌声は少ししか届けられませんが、ソロコンなら私の歌を聞きたいという人に2時間半ずっと声を届けられるわけですから、ファンの方への恩返しができるという意味でも本当に嬉しかった。アイドル卒業の日にパーフェクトに“アイドルになったらやりたかったこと”すべての夢が叶いました。
PROFILE 衛藤美彩さん
えとう・みさ。1993年生まれ。大分県出身。乃木坂46の一期生として活躍。2019年には卒業でのグループ初となるソロコンサートを開催し注目を集めた。同年に埼玉西武ライオンズの源田壮亮選手と結婚。2022年に第1子、2023年に第2子を出産。現在子育てに奮闘する2児のママとしてSNSやYoutubeチャンネルで日々の様子を発信中。
取材・文/加藤文惠 画像提供/衛藤美彩