現在、モデル・俳優と活躍の幅を広げる高橋ユウさん。しかし、19歳のときに仕事が激減。いっとき芸能界を離れてアルバイト生活を送る挫折を味わいました。(全4回中の2回)

劣等感を乗り越えた専属モデル時代

10代の頃の高橋ユウさん
10代の頃の高橋ユウさん

── モデルの仕事を始めたきっかけは?

 

高橋さん:最初はモデルではなく、歌手になりたかったんです。小学6年生のときにオーディションを受けたんですが、周りは実力の高い子ばかりで、私はデビューできずにレッスン生として過ごしていました。それを見ていた当時の事務所の人が、「歌手になりたいのはわかるけど、あなたは身長が高いし、それを活かしてまずはモデルから始めたらどう?」と勧めてくれたんです。

 

当初モデルの仕事は考えていませんでしたが、その頃、木村カエラさんがモデルから歌手になったという前例があって。私も同じように頑張ったら歌手になれるかなと思って「やります!」と手を挙げました。

 

── 2006年から雑誌『Cawaii!』の専属モデルとして活動されていますね。仕事は順調でしたか?

 

高橋さん:いえ、しばらくは「私がモデルでいいのかな」という迷いがありましたね。周りの子たちは私よりも細いし、ポージングも上手だし、メイクさんたちともすぐに仲良くなれる。それと比べて私は自信が持てず、周りに対して萎縮してしまい、人見知りも多かったんです。モデルとして認められるように頑張ろうとするんですが、かえって空回りばかりでした。

 

でも、そんなときでも両親はいつも私を励ましてくれました。「ユウちゃん、階段を一段飛ばししたらつまづくで、背伸びしたら足つるで」と。「焦らなくてもええで、自分のペースでゆっくりでええで」というその言葉は、その後、壁にぶつかるたびに思い出しますね。

 

── 自信の持てない状態からどのようにしてモデルの仕事を楽しめるようになったのでしょう。

 

高橋さん:初めてファッションショーに出演する機会があり、それがターニングポイントになりました。そのショーでは長いカーディガンをうまくさばきながらウォーキングをする必要があって、特にターンが難しかったんです。そこでショーで着用するブランド衣装のサンプルを借りて、ウォーキングの先生と何度も練習を重ねました。

 

そして本番当日、練習通りのパフォーマンスができたときの快感は格別で(笑)。初めて自分をカッコよく魅せられたんじゃないかなと思いました。さらに実家の滋賀から駆けつけてくれた両親が「ユウちゃんすごい綺麗だったよ!」と喜んでくれたことも嬉しかったです。

 

このショーをきっかけに撮影でも自信を持って自分を表現できるようになり、モデルの仕事がどんどん好きになりました。周りの評価を気にしなくていいんだと思えてからは人見知りもなくなっていました。

仕事が激減…アルバイトを決意

モデル活動に挑戦
モデル活動に挑戦

── モデル時代は歌手への思いはいかがでしたか?

 

高橋さん:いつ歌手デビューできるのだろうと思っていたんです。けれど、高校2年の冬に出演した『仮面ライダーキバ』は音楽をテーマにした作品。そこで役になりきって歌を歌ったり、CDを出したり、ライブしたりするなかで歌手とは違う魅力があることを知って、いつかミュージカルにも挑戦してみたいという思いが芽生えていきました。

 

ところが『仮面ライダーキバ』が終了後、専属モデルをしていた雑誌も次々と終了してしまい、気づいたら仕事がどんどん減っていって…ついに仕事が全くないという状況になってしまって。

 

── モデルの仕事もなくなってしまったと。その当時おいくつだったんですか?

 

高橋さん:19歳です。当時の事務所の人には「仕事がないから地元(滋賀県)に戻る?」と。それを聞いて、モデル以外にも仕事の幅を広げていきたい思っていた矢先だったので、このまま地元に戻るのだけは絶対に嫌だなと思いました。

 

しかし、仕事がなければ生活はできない。そこで悩んだ末に、いったん芸能界の仕事をリセットして、アルバイトをしっかりやろうと決めました。振り返れば、高校1年生でモデルデビューをしたため、これまでアルバイト経験がありませんでした。「このままでは人生経験がたりない。演技をするうえでもっと社会を知ったほうがいいのでは」と考えるようになり、それまでお世話になっていた芸能事務所を辞めたんです。

 

── それはとても勇気のいる決断だったと思います。

 

高橋さん:そうですね。決断に至るまでは自分のプライドが邪魔していましたから。本当はモデルや演技の仕事を続けたいのに「諦めた」と思われたらどうしよう、仕事がないからアルバイトしていると思われたら「恥ずかしいな」と。周りの目線ばかりを気にしていて悩んでいたため、すごく疲れてしまったんです。

 

当時、姉(高橋メアリージュンさん)と一緒に住んでいて、姉から「私がいるし」と言ってくれたことも大きな支えになりました。また、もともと実家が貧乏だったこともあり、お金がなくてモヤモヤするよりもアルバイトで働くほうがいいと決断できた。そうした背景もあって最後は踏んぎりがつきましたね。

「なんでバイトしてるの?」のひと言に動揺

「アルバイトがいい経験に」と話す高橋ユウさん
「アルバイトがいい経験に」と話す高橋ユウさん

── 実際にアルバイトを始めてどうでしたか?

 

高橋さん:六本木にあるセレクトショップでアルバイトをしていたんですが、そこで働くスタッフさんたちのプロフェッショナルな振る舞いがとてもカッコよかったんです。それまで芸能人なのにアルバイトをするということに引け目を感じていましたが、まったく恥ずべきことではなかったなと。むしろ、芸能界だけしか知らなかった私にとって、どの世界においても素晴らしい人たちがいることに気づけたことが嬉しかった。ただいっぽうで、まだ芸能界に対して諦めきれない自分がいることを再認識できたのもよかったです。

 

── どういう瞬間にそう感じたのですか?

 

高橋さん:セレクトショップには六本木という立地のため俳優やモデルさんたちもよく来店されていて、そこでかつて一緒に撮影していたモデルさんと再会したんですね。そのとき、彼女は「え、ユウちゃん、なんでここにいるの?」と驚いて声をかけてくれて。私は「今、ここでバイトしているんですよ」と答えたのですが、芸能界で順調な彼女との立場の違いを感じてその場から逃げ出したい気持ちと、同時にすごく悔しい気持ちが湧いてきました。

 

きっと「なんでここに?」というひと言が、当時の私の心に深く突き刺さったのだと思います。そのとき、まったく悪気のない些細な言葉であっても、人の立場や境遇によっては深く傷つけてしまうことがあるんだなということにも気づかされました。

 

実際、アルバイトだけの生活は8か月ほどでしたが、その後、もう一度芸能界で頑張ろうと考えていた頃に、姉が事務所を移籍するタイミングが重なって、今の芸能事務所に入れてもらえることになりました。

 

── それを機にモデルとして再スタートを。

 

高橋さん:そうですね。そして今の事務所のマネージャーさんが、モデルだけではなく、いろんな面で私を引き出してくれました。

 

たとえば、実家が貧乏だったことや、仕事がなくつらかった話などをテレビで話してみたらどうかと持ちかけてくれたんです。周りにずっと隠してきたことだったので最初は抵抗がありました。しかし、実際にテレビで打ち明けるとすごく心が楽になっていって。

 

「人の悲劇は喜劇」とも言うじゃないですか。私にとっては悲劇でも、それをおもしろおかしく話をすることで笑ってくれる人たちがいる。「同じように悩んでいたけど、元気がもらえた」と喜んでくれる人たちがいる。その言葉に救われました。そこからこれまで縁のなかったバラエティという道にも繫がり、新たな扉が開いたなという感じでした。

 

高橋ユウさん
高橋ユウさん

 

PROFILE 高橋ユウさん

1991年1月19日生まれ 滋賀県出身。モデル・タレント。『Cawaii!』の専属モデルを経て、テレビドラマ『仮面ライダーキバ』、ミュージカル『美少女戦士セーラームーン』シリーズなどで女優としても活躍。2018 年にK-1元世界王者のト部弘嵩選手と結婚し、現在は二児の母として子育てと仕事を両立している。 バラエティー番組等に多数出演するほか、コメンテーターや YouTubeでも活躍中。

写真提供/高橋ユウ