駄菓子屋でかけられた予想外の言葉に

左から次男の翔、祖母、父、有

── しばらくはそのまま野球と進学塾も同時進行されたのでしょうか?

 

郁代さん:様子を見つつ、有が小学6年生の後半になって塾の勉強がさらに大変になってきたときに、「この先どうする?」って聞いたんです。

 

そうしたら、「野球は最後までやる」と言って、いったん進学塾は辞めることにしたんです。野球はそのまま続けるのかと思ったら、小学校6年生の終わりになって、「野球もいったん辞める」と言い出して。今までのことが積み重なってそう思ったのかもしれないし、私も「もういいよ」って伝えました。

 

ただ、どちらにせよ中学校に入っても何かしら運動はしていた方がいいと思うし、考えなさいって。野球じゃなくても、バレーボールやバスケットとかいろいろあるし、好きなことをやりなさいって言ったんです。

 

有は背もあるし、運動神経もいいから、中学校の部活からもいくつか誘いが来たようです。でも結局、数ある部活の中で、体験練習にはバレーボール部を選んでいました。

 

でも小学校卒業間近くらいかな。たまたま近所の駄菓子屋さんで違う小学校の同級生に声掛けられて、「お前なんで(地域の硬式野球の)練習、来ないの?みんな待ってるぞ」って言われたみたいで。みんなから「待ってる」って言葉を言われたことがなかったので、「あ、そう…?」と思ったのか、後日見学に行ったんです。すると有と同じ歳の子たちがもう練習を始めていて、その日の練習が終わって帰ってきたら「あのチーム入るわ」って。「あんた野球辞めるって言ったやん」「言ったけどやっぱり入ることにした」と言ってましたね。

 

── 野球への思いが再び高まって。

 

郁代さん:ただ、中学の野球チームになると、今まで以上に道具を揃えないといけないし、まとまったお金もかかるんですね。それに練習もキツいと聞いて。もともと練習嫌いやし、もっと自由にフラフラしたいみたいな感じだったので「あんた無理やと思うよ」と言ったんですけど、それでも「入る」って。

 

「入るのはいいけど、2、3か月で辞めるのは嫌やで。それやったら約束して。中学を卒業するまでそのチームをやめたらあかん」って話をしたんです。そしたら「守る」というので入ったんですけど、案の定、2か月もしたら「辞めたい」とか言い出して(笑)。

 

それは最初から私もわかってるので、あかんって。道具も揃えたしね、とりあえず卒業するまでいかなあかんと言って、本人も約束して入ってるから、練習休みたいなって思いながら、とりあえず行っていました。みんなで長距離走り出したら一番最初にへたばる子だし、練習は行きたくないってしばらく言ってましたけど、でもそこからすごく才能が開花してきて。1年生の終わりくらいには誰がみてもわかる感じの選手になり始めたし、2年生の途中からエースになって。試合自体は好きなので結局、最後まで続けてましたね。

 

PROFILE ダルビッシュ・セファット・郁代さん

長男・有、次男・翔、三男・賢太の三兄弟の母親。夫はイラン出身の実業家、ダルビッシュ・セファット・ファルサ。NPO法人ウインウインを設立。現在は代表理事として、子どもから大人まで多くの世代が交流できる場、心の休まる居場所の提供を目指す活動などに取り組んでいる。

 

取材・文/松永怜 写真提供/ダルビッシュ郁代