年を重ねていくなかで、自分らしく元気に暮らしたい。元フジテレビアナウンサーの大橋マキさんは、自然や地域や高齢者とともに歩もうと、10年前にある活動を始めました。(全5回中の5回) 

ザリガニをとり木登りをしていた幼少期

── 現在、三浦半島の葉山町で暮らす大橋さん。移住のきっかけはなんだったのでしょう?

 

大橋さん:生まれは鎌倉ですが、父の転勤で静岡や茨城など自然豊かな場所で幼少期を過ごしました。おおらかな人たちに囲まれ、川でザリガニを取ったり、野山を駆け回って木登りをしたり。もともと自然のある場所のほうが落ち着くんです。

 

葉山に移住する前は、夫の仕事の都合でオランダのアムステルダムで半年ほど暮らしたのですが、街中に運河が流れ、近くに自然があってとても過ごしやすかったんです。

 

ですから、帰国後も、東京ではなく、海や山に近い場所で生活したいと思い、2009年に葉山に移住しました。

 

大橋マキさん
現在は自然に囲まれて暮らす大橋さん

わが家の子どもたちは生き物が大好き。海や川で獲ってきた魚を育てたりしています。海や山がなかったら、どうやって子育てしていいかわからないくらい、自然のなかに放って育ててきました(笑)。

 

── 2018年には、一般社団法人「はっぷ(HAPP)」(葉山つながりプロジェクト)を立ち上げ、ガーデニングを通じてシニア世代の心とからだを支える活動に注力されています。どういう思いから発足されたのでしょう?

 

大橋さん:病院でアロマセラピストとして働いているとき、お見舞いに来られたご家族に、「お疲れでしょうから、ご一緒にいかがですか?」と、施術させていただく機会もありました。

 

すると、なかには、施術中に涙を流される方もいて、ご家族の抱える思いや介護の大変さなどが伝わってきたんです。そうした経験から、病院の中だけでなく、日常に関わりながら、支えていく活動ができないかなという気持ちがありました。

 

あるとき、葉山の社会福祉協議会からの依頼で、介護者のためのアロマセラピー講座を開くことになり、3年間担当しました。アロマが介護者の生活のなかで実践できることがお伝えできたと思いますし、反響もよかったようです。

 

でも、シニア世代にとってはなじみの薄いエッセンシャルオイルよりも、ワカメやヒジキ、タケノコや山菜など、葉山の「自然のなか」で感じられる季節の香りのほうが身近だと気づいたんです。そこで、皆さんに「一緒に畑をやりませんか?」と声をかけたのが、そもそもの始まりでした。

 

── たしかに、地元ならではの香りってありますよね。それを感じながら、畑をやる。素敵です。

 

大橋さん:畑の名前は、「互近助(ごきんじょ)ガーデン」です。「互いに近くで助けあう」という思いで名づけました。

 

福祉の世界では「通いの場」という言葉があります。高齢者の方が定期的に歩いて通える場所があり、人と関わる社交の場がある。この両方があってこそ健康に効果があるというもの。これにのっとって、「互近助(ごきんじょ)ガーデン」も、だいたい200mくらいの徒歩で通いやすい距離に作っていこうという考え方です。

 

はっぷではワークショップも開かれている

いろいろな現場があり、「はっぷ」メンバーの園芸療法士がデザインをして植栽も決めています。そこに健康なシニアの方が通って活動し、筋力をつける体操も一緒に行うカルチャースクールのような現場もあれば、認知症の方たちが有償でお庭作りを請け負っている現場も。

 

そのほか、認知症の方たちと一緒にハーブを育てて販売し、地域の飲食店さんに買っていただき、運営している現場もあります。

「やりたい気持ちがあれば」認知症でも庭づくりはできる

── ご高齢者や認知症の方々が、アクティブに活動されているのですね。

 

大橋さん:一般的な認知症のイメージとは、かなり違うと思います。「要介護3」で活動するのが難しいのではという方でも、その方の心と体の自立度が比較的高く、体を動かすことや働くことが好きな方は、とくに楽しんで参加されています。施設スタッフさんの介助がある安心感や、足腰をサポートする道具の活用なども大切です。

 

土地柄、もともと畑仕事や庭いじりに親しんでいた方が多く、畑づくりの活動にマッチしてるんだと思います。ただ、おひとりだと、ケガをしても危ないし、家族もそうそう付き添っていられませんよね。

 

それなら、ご近所の関係性をいかして、ちょっと離れた距離から私たちができることがあるんじゃないかなというのが、考え方の原点です。ただ、すべてに手を貸すわけではありません。大事にしているのは、お年寄りの方が「ご自分から動く」ことです。

 

── それはなぜでしょうか?

 

大橋さん:きっかけになったのは、病院で得た気づきです。お年寄りの方たちへのアロマトリートメントを行なう中で、100歳近い方でも、こちらのアプローチによって体が変化していく場面を目の当たりにして、人間の生きる力、命の力強さに気づかされました。

 

もともとアロマのトリートメントは、単にセラピスト側が「癒やしを与える」ものではなく、相互に活性化するダイナミックなコミュニケーション。それは理解していたのですが、「自ら動く」ことで、さらにその力を引き出すことができるんじゃないかな、と考えたんです。

 

ですから、葉山での活動はお年寄り自身が「これがやりたい」と、自発的に行動することをとても大切にしています。残された機能を最大に使うことで、自分の中でエネルギーが湧きあがり、生きる力につながるのではないかと思っています。

年を重ねる不安より希望を見い出して生きていきたい

── 老いることは誰しも不安なものですが、そうした元気で幸せそうなお年寄りと触れ合うことで、こちらも元気になりそうですね。老後への恐れもなくなりそうな気が…。

 

大橋さん:本当にそうなんですよ!そのためにやっているといっても過言ではありません(笑)。よく、「福祉の仕事に携わってえらいね」と言われることがあるのですが、まったく逆なんです。

 

メディアでは、介護や老いていくことの大変さばかりが取り上げられがちですが、それだけではなくて、等身大のお年寄りの姿で「希望が見たい」と思いました。でも、身の回りを見渡しても、お年寄りが楽しそうに過ごしている日常があまり見えてこなくて…。

 

とくに認知症が始まると、生活できる場所も限られて「本当にやりたいことができているのかな」と思っていたんです。

 

自分がおばあちゃんになったときに、それでは寂しい。人生100年時代でどうせ長生きするのなら、楽しく元気でいたいなという気持ちがあって、それが発足の原動力にもなっています。

 

高齢者施設のアクティビティでも活用する藍染料をHAPPの仲間と仕込んだときの一枚。「猛暑に藍葉を浸水させて、石灰を混ぜ、竹の棒を使って全力で攪拌したので、みんな汗びっしょりになりました」(写真提供:大橋さん)

── 大橋さん自身の「幸せな老後の場所づくり」でもあるのですね。

 

大橋さん:その通りです。何十年かしたら、私たちがここで畑を耕しているかもしれません。そういう意味でいうと、葉山という場所は山や海といった自然が人々をつないでくれるんです。年齢不詳な元気な人たちがいっぱいいて、それこそ70~80代のサーファーの方もたくさんいます。

 

葉山は年齢が関係ない多様性のある街なんです。だから、私たちは、そこにちょっとお手伝いで入りますけれど、仲間として一緒に楽しんでいる感覚なんですよね。若い世代、高齢者という分断がないんです。

 

それを教えてくれたのは葉山の自然と、葉山の暮らし。もっと遡ると、アロマで感じた「人には、いくつになっても生きようとする力がちゃんとあるんだ」ということ。すべてがいまにつながっています。

 

PROFILE 大橋マキさん

おおはし・まき。1976年生まれ、神奈川県出身。聖心女子大学卒業後、1999年にフジテレビにアナウンサーとして入社。バラエティや「プロ野球ニュース」などを担当。2001年に退職後、イギリスに留学して植物療法を学ぶ。アロマセラピストとして6年間の病院勤務を経て、現在は、アロマによる空間演出、デザインを手掛けるほか、福祉、地域振興、企業支援に至るまで幅広く活躍。2018年に、「一般社団法人はっぷ」を立ち上げ、神奈川・葉山で自然と共にある暮らしを通し、地域の繋がりづくりを実践している。2児の母。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/大橋マキ