国際協力についての学びを深めるため、2019年に大学院に入学した酒井美紀さん。その後、2021年に不二家の社外取締役に就任し、社会貢献の分野で専門性を発揮しています。現在までの歩みが、企業経営にどのように紐づいたのかをお聞きしました。(全3回中の3回)
長男が大きくなるまでは「子ども中心」の生活に
── 30歳で結婚し32歳でお子さんを出産されてからは、どのように仕事と育児を両立されたのですか?
酒井さん:「子ども中心」の生活にシフトし、息子が小学4年生になるまでは、夕方までに仕事が終えられるよう、スケジュールを調整してもらいました。とはいえ、ドラマの撮影が始まってしまうと夕方に帰ることは難しく、私の親に子どもを見てもらうことも。両親はもちろん、お仕事で関わる皆さんの協力があったからこそ、時間のやりくりができたのだと感じています。
ただ、この時期は仕事の依頼を断ることも多く、「引き受けたいな」と思う依頼でも、「今は子どもと一緒に過ごすことが大切」だと思って辞退していました。子育ては、ほんの数年のこと。あっという間に大きくなってしまうので、子どもとの時間をできるだけ多く持とうと決めていました。
── 現在はお子さんも大きくなり、仕事と育児のバランスに変化は出てきたのでしょうか。
酒井さん:今は、息子が中学2年生になり、私も自由に仕事ができるようになりました。おばあちゃん子に育ったので、私が地方ロケなどで数日家を空けるときも、「おばあちゃん来る?」と楽しみに待っています。
「なぜ社会課題が減らない?」から大学院に入学
── 2019年に大学院へ入学されましたが、目的や経緯について教えてください。
酒井さん:「なぜ世界中の社会課題が減らないのか」を知るためと、その解決の糸口を探るために入学しました。これまで、国際協力の活動に取り組んできましたが、世の中の社会課題は一向に減らず、むしろ増加傾向にあります。そのことに疑問を感じ、「なぜ問題が起こり続けるのか」という根本の部分をきちんと理解したいと考えるようになりました。
その後、国際協力全般を学べる大学院を探したところ、東洋英和女学院大学大学院・国際協力研究科を見つけました。国際NGOやJICA、国連などの大きな国際機関出身の先生も多くいらっしゃったので、いい学びを得られることを予感して入学することを決意しました。
── 大学院では、どのようなテーマを研究されたのでしょうか。
酒井さん:「演劇と社会課題を組み合わせて、国際協力の現場で活用できないか」と考え、「応用演劇」をテーマに研究を進めました。日本ではまだあまり知られていませんが、海外では、演劇は、エンターテインメント以外のシーンでも使われていて、個人や社会に有益をもたらすことを目的に活用されることがあります。約30年間の俳優人生で得た経験と気づきを、「応用演劇」という形で課題解決の足がかりにならないかという思いで研究に取り組みました。
不二家から突然の社外取締役の依頼
── 2021年には不二家の社外取締役に就任されましたが、これまでの国際協力活動が、今回の依頼につながったのでしょうか。就任までの経緯を教えてください。
酒井さん:最初のきっかけは、2020年に「ペコちゃんアンバサダー」に就任したことです。その年は、不二家のマスコットキャラクター・ペコちゃんが生誕70周年を迎えるということで、一年かけてペコちゃんとさまざまなイベントに出演する予定だったのですが、コロナの影響でほとんどが中止に…。
一方この年は、不二家にとって「コーポレートガバナンス」への取り組みの真っただ中でもありました。そんな折、私がこれまで携わってきた社会貢献や国際協力、加えて大学院での学びに着目していただき、「社外取締役として専門性を活かしてほしい」とご依頼いただいたのです。
── 依頼を受けたときは、どのような気持ちでしたか?
酒井さん:「まさか!」という気持ちでした。びっくりしすぎて、何をおっしゃっているのかわからなかったほどです…(笑)。ただ、企業が長期的に成長するためには、ESG…環境、ソーシャル、ガバナンスの3つの視点が必要です。その中の「ソーシャル」の分野で、自分の知識が活かせるだろうとお引き受けしました。
不二家には当時、専門性を持った社外取締役の方が4名いらっしゃって、弁護士や有名企業の経営に携わってきた方など各分野に精通している方ばかり。私は社会貢献の分野と、消費者としての目線でアドバイスしていけたらと考えています。
── これまでの学びとビジネスが、密接に関わっていたということですね。
酒井さん:国際協力は社会科学の分野の一部として存在しており、国内の社会課題だけでなくグローバルイシューも取り扱います。
たとえば先進国では、コスパのいいものを手軽に購入して生活ができますが、その裏側には、低賃金で働いている人たちがいるわけです。労働環境や人権問題と同様に、環境問題においても、被害を被っている人がいます。このような視点で、「社会の舞台裏」を見ていくのが国際協力です。
大学院での研究やこれまで得た知見が、企業経営に関連するというのは予想外ではありましたが、活かしていけるのであれば力になりたいと思っています。
── 今後の目標や、新たにチャレンジしたいことはありますか?
酒井さん:昨春に大学院を修了し、今はひと息ついているところです。今後の新たな目標はまだ明確に定まっていないですが、とりあえず「健康に気をつけて過ごそう」と意識しています。今は、ピラティスとフラメンコのレッスンに通い、楽しみながら健康維持に取り組んでいます。
PROFILE 酒井美紀さん
女優。1978年、静岡県で生まれる。1993年に歌手としてデビューし、1995年に出演した映画『Love Letter』『ひめゆりの塔』では、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。その後、ドラマ、映画、舞台と幅広く活躍する。国際協力の知見を生かし、2007年より国際協力NGO「ワールド・ビジョン・ジャパン」親善大使を務める。2021年に、(株)不二家の社外取締役に就任。
取材・文/佐藤有香 画像提供/酒井美紀 サムネイル写真撮影/コハラタケル