宮崎県の着ぐるみ製作専門会社「KIGURUMI.BIZ」代表取締役の加納ひろみさん。国内外に3500以上の愛らしいキャラクターを届けてきました。東日本大震災や熊本地震、コロナ禍などを経て改めて気づいた着ぐるみの「力」とは── 。(全3回中の3回)

「着ぐるみさんですか?」“くまモンフィーバー”で全国各地から受注が…!

── 「KIGURUMI.BIZ」の前身は、1992年に創業した造形美術製作会社だったそうですね。なぜ着ぐるみに特化するようになったのでしょう?

 

加納さん:現在の会社の前身となる「ステージクルー」は、現会長の夫が立ち上げた個人事業で、オペラの舞台芸術や衣装、ディスプレイなどさまざまな作品を手掛けていました。そのなかのひとつに着ぐるみがあったんです。でも、当時はまだ「着ぐるみ」という概念すらない時代で、とりあえず仕事を受けてから手探りで作り始めたと聞きました。夫が一番最初に引き受けた着ぐるみは、宮崎県の五ヶ瀬スキー場のキャラクターだったそうです。

 

バブル崩壊以降は、イベントなどの自粛ムードが広がり、造形美術の仕事がどんどん減っていきました。その一方、比較的安価に作れる着ぐるみのオーダーが増えていき、「これに絞ってやっていくのがよいのでは」と思い始めたんです。

 

そこで、2004年にホームページを大きくリニューアルし、これまでの造形美術製作のページから着ぐるみのコンテンツを独立させました。すると全国から「着ぐるみさんですか?」との問い合わせが来るようになり、国内外の自治体や企業のキャラクターの着ぐるみ製作を請け負うようになりました。

 

KIGURUMI.BIZのキャラクターのビズベア(左)とくまモンのぬいぐるみ

── ゆるキャラブームの火つけ役となったのは、2006年に誕生した滋賀県彦根市の「ひこにゃん」だといわれています。その頃から依頼もグッと増えたのではないでしょうか?

 

加納さん:ひこにゃんが誕生した頃に、日本ご当地キャラクター協会の荒川(深冊)さんから「これから日本中すべてのお城にキャラクターができていくよ」と言われたのを覚えています。ひこにゃんが有名になり始めると少しずつ依頼が増え、次に奈良県の「せんとくん」が話題となり、そしてくまモンが流行り始めてびっくりするほど依頼が増えていきました。

 

いろいろな自治体から製作依頼が舞い込み「くまモンみたいになりたい」「くまモンのように売れるキャラクターを作ってほしい」と言われて。丸い小鳥のキャラクターのイラストが送られてきて、「これはくまモンみたいになりますか?」と聞かれたこともありました(笑)。

ご当地キャラは「同じ地元の“仲間”」という安心感がある

── もちろんすべてに思い入れがあるとは思いますが、これまで送り出してきたキャラクターのなかで印象深いものはありますか?

 

加納さん:今もずっとおつき合いしているキャラクターばかりで、いろんなイベントに行くと再会できるので、まだ「思い出」にはなっていないんですよね。ただ、切り取って思い出を探すとしたら、東日本大震災の津波で流された、岩手県宮古市の「毛ガニ君」ですね。

 

震災から半年ほど経ったとき、宮古市の担当者の方にお電話をしたら、毛ガニ君は流されてしまったと知りました。震災直後に自分たちのキャラクターで募金活動をしましたが、「他になにができるんだろう」とずっと悩んでいたんです。アーティストが被災地に音楽を届けたように、私たちにできるのは着ぐるみを届けることだろうと気づき、すぐに無償で作り直して送りました。

 

KIGURUMI.BIZが製作した岩手県宮古市の「毛ガニ君」の着ぐるみ

── 熊本地震の発災直後は、くまモンが活動自粛した時期がありましたよね。国内外から活動再開を望む声が上がり、約1か月後に保育所や避難所の訪問を始めたのを覚えています。

 

加納さん:キャラクターって人を裏切らないし、傷つけるものではないですよね。日本的な考え方なのかもしれませんが、命あるものの温かみを感じるといいますか…多くの人々が傷ついているときにこそパワーを発揮するのだなと感じました。

 

たとえば海外の有名なキャラクターが慰問に来たら、子どもたちはとても喜ぶと思います。でもそれって、安心感とかほっこりする気持ちとはまた違うのかなって。各地にいるキャラクターは、その地域で育って一緒に暮らしてきたからこそ、同じ地元の「仲間」みたいな感覚が芽生えるのかなと思いました。

「両親みたいな気持ちに…」着ぐるみ製作は、子育てに近いもの

── KIGURUMI.BIZが生み出すキャラクターは「温かみがある」と評判を呼んでいます。着ぐるみを手掛けるうえで、こだわっていることはありますか?

 

加納さん:こんなことを言ったら笑われるかもしれませんが、キャラクターにも「人権」があるといいますか、人のように尊重する、生き方を応援するという気持ちを持っています。海外だと着ぐるみは「玩具」に分類されるのですが、あまり「もの」をつくっているという感覚がないんですよね。

 

たとえば、誰かが着ぐるみの頭を雑に扱ったら、うちのスタッフはみんな怒ると思います。それは「せっかく作ったものが壊れる」とかではなく、「その子が痛いでしょ!」という怒りなんですよね。ご依頼者と綿密にやり取りしながら作り上げるので、どんどん「両親」みたいな気持ちになってくるんです。着ぐるみ製作は、子育てに近いのかもしれません。

 

KIGURUMI.BIZから送り出した宮崎県のシンボルキャラ「みやざき犬」の三兄弟たちと加納さん

── 多くの着ぐるみを送り出してきた加納さんから見て、愛されるキャラクターの「条件」とはどのようなものでしょうか?

 

加納さん:私たちが丁寧に作り上げるのはもちろんですが、キャラクターを運営する人の熱量に尽きると思います。そのキャラクターのことが「どれだけ好きなのか」ということですよね。

 

たとえば、くまモンはあれだけ有名になったことで、関わる人たちも増えていますし、自治体ゆえに担当者も数年ごとに変わっていきます。ですが、これまでくまモンに関わってきた人たちが「俺が育てたんだ!」という愛着を強く持っているんです。

 

もし新しい担当者がくまモンを雑に扱ったら、歴代の“くまモンパパ”たちは許さない。そこにはくまモンを中心とした、親戚のような世界が生まれているんですよね。

 

── コロナ禍などもあり、一時期に比べるとゆるキャラブームは落ち着いています。お仕事への影響もあるのではないでしょうか?

 

加納さん:コロナ禍の少し前にゆるキャラブームが落ち着いて、たとえば地方自治体がこれまで着ぐるみに使っていた予算を動画配信などに充てるという動きが出てきました。そしてコロナ禍に入り、「三密」や「ソーシャルディスタンス」が叫ばれるなかで、着ぐるみの出番はほとんど無くなりました。

 

私たちも「一体この後どうなるのか…」という暗いトンネルの中にいました。代わりに医療資材を作っていたのですが、社員たちのモチベーションは大きく下がり、なかには「もう辞めたい」という人も出てきました。

 

ただ、コロナ禍でゆるキャラたちに会えなかったことで、そのファンの人たちが「遠距離恋愛」のような気持ちになっていたようで、いまはイベントが活発化しているようです。去年あたりから仕事がどんどん戻ってきて、逆に人手不足で困っています…(笑)。

 

── コロナ禍はよくも悪くも「直接触れ合えることがいかに大切なことだったか」を改めて気づく機会になったと感じています。

 

加納さん:コロナ禍でバーチャル空間も流行りましたが、やはりそれだけで満たされないものはあると思うんです。キャラクターと同じ空気を吸ったり、ハグや握手で触れ合ったりするのは仮想空間ではできないものですから。

 

ただその一方で、現実ではゆるキャラと喋ることはできなくても、バーチャル空間ならチャットで会話することもできます。これからはバーチャルとリアルの両方を生かし合えるような事業を考えていきたいと思っています。

 

PROFILE 加納ひろみさん

1960年生まれ。宮崎県出身。Apple社のカスタマーサービス業務などを経て、1998年に現会長の夫とともにKIGURUMI.BIZを創業。2017年に代表取締役就任。「幸せな商品は幸せな場所から生まれる」との理念のもと、女性従業員が多くを占める職場で「働きやすさ」と「着ぐるみの質」の両立に取り組んでいる。2018年に著書「幸せな着ぐるみ工場ーあたたかいキャラクターを生み続ける女子力の現場ー」を刊行。みやざき女性の活躍推進会議共同代表、一般社団法人着ぐるみ協会代表理事などを務める。

 

取材・文/荘司結有 写真提供/KIGURUMI.BIZ