宮崎県の着ぐるみ製作専門会社「KIGURUMI.BIZ」代表取締役の加納ひろみさん。国内外から多くの依頼を請け負うなかで、長時間労働や休日出勤が常態化していたそう。女性従業員が9割を占める職場の働き方改革について聞きました。(全3回中の2回)

長時間労働や休日出勤が常態化…涙を流しながら訴える社員も

── 「KIGURUMI.BIZ」は、女性の働きやすさを重視した職場としても注目を集めています。子育て世代などに合わせた環境づくりには、どのような背景があったのでしょうか。

 

加納さん:2012年に個人事業から法人化したとき、着ぐるみ工場という存在自体が珍しかったのか、さまざまなメディアから取材依頼が殺到したんです。ですが、取材でいろいろ聞かれたときに上手く答えられない自分がいました。

 

まずは私自身が「どういう会社を目指すのか」をしっかり認識する必要があると思い、社員全員にヒアリングとアンケート調査を行ったのですが…。

 

── 従業員へのヒアリングとアンケート調査ではどのような声が出てきたのでしょう?

 

加納さん:会社の強みや弱み、目指すべきあり方などについて聞くと、子育て中の女性従業員たちからたくさんの不満が出てきたんです。「時間外労働が多くてしんどい」「休日に子どもを置いて働きにいくのがツラい」など。涙を流しながら打ち明ける社員もいました。

 

確かに国内外から着ぐるみ受注の依頼を請け負っていて、長時間労働や休日出勤が当たり前になっていたんです。その分の手当はきちんと払っていたから、それでいいと思ってしまっていて…。荒れ地の中で夢や未来は語れない、ある程度地面が整ったときに初めて向こう側が見えるのだと気づかされました。

 

会社の理念やビジョンなんて、働いてくれる社員がいなければ意味を成しません。まずは「目の前の社員たちにずっと働いてもらうためにどうしたらいいか」を考えようと決意しました。

 

「KIGURUMI.BIZ」の工場の様子。社員のほとんどが女性で、育児と両立しながら働く人も多いのだそう

── 当時はまだ「働き方改革」という言葉すら浸透していない時代だったと思います。前例がないなかでどのように職場環境改善を進めていったのでしょうか。

 

加納さん:そうですね。当時はワークライフバランスという言葉もまだ耳になじまず、働き方の見直しを進める内閣府の「カエル!ジャパン」キャンペーンが始まったのも、それからもう少し後のことだったと思います。

 

まず取り掛かったのは、残業時間を減らすこと。金曜日をノー残業デーにして、就業時間の午後5時には必ず社員全員を帰らせるようにしました。ただ、当初は「時間内に終わらなかった仕事をどうすればいいのか」という声もあり、土曜日に出勤する社員もいました。

 

ですが、社員一人ひとりが「どうすれば時間内に仕事を終えられるのか」と考えるようになり、仕事を効率よく進められるようになったんです。その後、社員からの提案で火曜日もノー残業デーとなり、次第に残業なしの日が増えていきました。

 

── 職場改善を進めながら、かつての生産性を維持するのは難しくなかったのでしょうか?

 

加納さん:おそらく残業や休日出勤を見越して、作業効率が落ちていた面もあったのだと思います。せっかく残業して仕上げたのに、いろいろなミスが見つかり、また次の日にイチからやり直しということもありましたから(苦笑い)。残業を減らす代わりに、マンパワーを増やしたのも大きかったと思います。

 

── 社員の中には「残業代が減ってしまう」と反対する声もあったのではないでしょうか?

 

加納さん:確かにそうした理由から退職を選んでしまった社員もいました。ただ、社員の多くが残業の削減を求めている以上、「ここでしっかり方針を打ち出さなければいけない」との思いがありました。

 

最近は働き方のニーズも変わりつつあります。当時はまだ若かった社員たちが、中学生や高校生のお子さんを育てる母となり、「将来の学費に備えてもう少し働きたい」という声も増えてきました。

 

同時に、コロナ禍が明けて受注も増えたことで、工場が人手不足であることも否めません。昨年秋からどうしても製作が追いつかない時期に限り、希望する社員に残業をお願いする新たな試みを始めました。ただ強制することはなく、1日2時間まで、日曜日は不可と決めています。

 

KIGURUMI.BIZの加納さんは「ひとりひとりの社員に合った働き方」を模索しています

「目の前の社員が働き続けるためになにを変えていけばいいのか」

── 女性は特に、出産や育児、介護などのライフステージの変化によって、希望する働き方のスタイルが変わっていくかと思います。

 

加納さん:そうしたニーズに対応するため、正社員とパートでいつでも勤務形態を変更できるようにしています。どちらでも業務範囲は変わりません。正社員からパートに切り替えた場合の賃金は、正社員時代の給与を時給換算して支払うという仕組みになっています。

 

また、出勤時間や勤務時間数を選択できるようにしているので、お子さんの成長に合わせて働き方のスタイルを変えていく社員も多いですね。

 

個別で相談にくる社員もいます。たとえば「夫の単身赴任先に月に数日間は行きたい」「里帰り出産する娘が心配だから数週間の休暇が欲しい」といった声がありました。一人ひとりの事情を聞くと、なんとかしてあげたいって思うんですよね。「今までのルールをどのように変えれば、目の前の社員が勤め続けられるのだろうか」といつも考えています。誰かのために変えたルールは、いずれまた別の誰かを助けるかもしれませんから。

 

── 加納さんは「正しい商品は正しい場所から生まれる」との言葉を胸に置き、工場内での働き方改革に取り組んできました。加納さんが考える「正しさ」とはどういうものですか?

 

加納さん:確かに以前は「正しい」という言葉を使っていたのですが、最近はちょっと違うのかなと感じています。正しさの定義は人それぞれ違いますし、自分の「正しさ」だけで向かったら相手を否定することになるし、傷つけることもあるなと思うようになりました。最近は「こちら側の笑顔と向こう側の笑顔」という言葉を使うようにしています。

 

── こちら側の笑顔と向こう側の笑顔、素敵な言葉ですね。

 

加納さん:正しい商品というのは相手を喜ばせるもの、正しい場所というのはみんなが自分らしく働ける職場という定義でした。自社の商品やサービスで誰かを喜ばせたいなら、まずは作り手であるこちらが幸せに働ける環境でないといけないなと思っています。

 

PROFILE 加納ひろみさん

1960年生まれ。宮崎県出身。Apple社のカスタマーサービス業務などを経て、1998年に現会長の夫とともにKIGURUMI.BIZを創業。2017年に代表取締役就任。「幸せな商品は幸せな場所から生まれる」との理念のもと、女性従業員が多くを占める職場で「働きやすさ」と「着ぐるみの質」の両立に取り組んでいる。2018年に著書「幸せな着ぐるみ工場ーあたたかいキャラクターを生み続ける女子力の現場ー」を刊行。みやざき女性の活躍推進会議共同代表、一般社団法人着ぐるみ協会代表理事などを務める。

 

取材・文/荘司結有 写真提供/KIGURUMI.BIZ