お笑いの世界でブレイクしたのち、エド・はるみさんは1つの道に留まりませんでした。「もっと人間や社会を知ろう」と大学院に入学。研究者の道に進んでいきます。(全4回中の3回)

 

艶やか!袴姿で現れた慶應大学大学院修士課程・修了式でのエドさん

20数年ぶりに役者仲間と対面「出川さんが…」

── 40歳で入学したNSC(吉本総合芸能学院)で努力を重ね、トップクラスの成績で卒業したエドさん。20数年ぶりに役者時代の仲間とテレビの生放送で再会されたとか。

 

エドさん:2007年、ある番組で「これから来る若手」枠があり、そこでネタを披露したときに出川哲郎さんと再会しました。

 

どこかで私たちの関係をお知りになった品川庄司の品川さんが、私のネタの後に、「エドは出川さんと同期なんですよ!」と言ってくださって。そこで、私もちゃんとその返しができたので、その場がとても盛り上がりました。

 

そんな品川さんのおかげで、「来年、エド・はるみが(芸人として)来るかもしれない!」と、さらにMCだった爆笑問題の太田さんが際立たせてくださって。

 

そして出川さんが「昔はこんなんじゃなかったんだよ〜!もっと可愛かったんだよ〜!」と嘆いていたんですが、それより私は「え?可愛いって思ってくれていたの?」と、そこがちょっと嬉しかったですね(笑)。

 

出川さんとは、1986年公開の山田洋次監督の映画『キネマの天地』のオーディション合格組で同期です。お互い20代で、本気で役者を目指していました。そして出川さんも私も、まさに実際と同じ、映画界での活躍を夢見る若い俳優の役でした。つい昨日のことのようです。

 

── 生放送での再会!2008年は、24時間テレビのチャリティーマラソンランナー、「グー!」で流行語大賞受賞と大活躍。どんな生活でしたか?

 

エドさん: ありがたいことに、2008年は9か月間、休みが1日もありませんでした。仕事が終わって帰ってきて廊下で15分寝てしまい、ハッと目覚めて着替え、またすぐ出かけたことも。

「人間を知ろう」慶應の大学院で研究を始める

── 大ブレイクして、多忙を極めてから心境の変化は?

 

エドさん:お笑いで、やっとみなさんに知っていただくことができましたが、そうなったらなったで、次の課題(壁)にぶち当たりました。きっと人間は最期の最期までこれで終わりということはなく、何かを乗り越えると、また次の課題に直面していくのだろうと思います。

 

それまで芝居の世界の隅っこのほうにはいましたが、これまで自分が身を置けなかった、その世界のど真ん中に何とかようやく入れさせていただいて、そこで価値観がまったく違う方たちと出会い、いろいろ考えるところがありました。

 

一人芝居を始める直前のエドさん(23歳のころ)

年齢をそれなりに重ね、社会や人間というものを何となくわかったつもりでいましたが、しかし、世の中には本当にさまざまな方がいて、人間って?世の中って?社会って?と。

 

それらをもっと深く学んだうえで、自分も救われ、また、同じ思いで苦しみ困っている方たちの何か役に立つ解決策を生み出せないかとの思いが高まり、自分の居場所を変えよう、と思いました。

 

── どんな方向へ進んだのですか?

 

エドさん:集中して勉強し、2016年4月に慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の修士課程に入学しました。

 

こちらは、世の中の様々なありよう(システム)を、その問題の解決のためにどう設計(デザイン)し、管理・統制(マネジメント)すれば良いかを考える研究科です。

 

そこで私は、一時的にネガティブな状態に陥った精神状態を、少しでもポジティブな精神状態に変化させるための、ある具体的手法について研究しました。

 

たとえば、吉本の養成所時代に一部の同期の若者から「おいババァ!」とバカにされ一瞬、ネガティブな気持ちになりましたが、『あら〜そんなこと言ってお子ちゃまね〜。オッパイ飲みたいのぉ〜?』と切り返し、笑いに変えることで、ポジティブに変換しました。いま思えばそれも結果、事例のひとつになったと言えますね。

 

── 興味深いです。いつごろからそのテーマを研究したいと考えていたのですか?

 

エドさん:20年の下積みを経て、やっと2008年になんとか皆さんに知っていただきましたが、2009年から2015年ごろまでずっと、いろいろ理不尽なことがあり、とても辛かった。

 

それをどう転換させればいいのか、6年間苦しみ続けました。いまは時代が変わり、私たちも声を上げられるようになりました。でも、当時はひたすら耐えるしかなく、自分が壊れてしまう限界ギリギリでした。

 

そんな自分にとって耐えがたいことが起きたとき、「そんなの気にするな」と言う人がいます。そして自分も、そうしようとする。しかし、それは頭で考えての“思考”なんです。

 

でも、心は悲鳴を上げている。苦しくて辛いのに、「気にしない」という思考だけで人間の心が、すぐにそれに追いつけるわけではありません。その「わかる」と「できる」の間にある乖離をどうつなげるか?それが、私の研究の根本にあります。

開発したカードゲームがグッドデザイン賞を受賞

── たしかに、頭でわかっていても、心がついていけないこともありますね。

 

エドさん:はい。たとえば、人間関係が苦手だという人がいたとします。「相手に思いやりを持って接したり、優しくすればいい」と理解するのは“思考”です。

 

こうすれば良いと頭でわかっていても、じゃあ、実際どうしたらいいのか?は悩ましいですよね。頭で理解したこと(思考)を、どうやって実践するのか?この間をつなぐものとして、たとえば、私はカードゲームを作成しました。

 

── カードゲームを作るノウハウはどうやって身につけたのですか?

 

エドさん:大学院で、社会問題を解決するソーシャルゲームの授業があり、それを受講していました。ずっとコミュニケーションをテーマにしたゲームができないか?も考えていたのです。そこでご縁のあったプロの方に、いろいろ相談しつつゼロから作っていき、1年近くかけて、その思いを形にしていくことができました。

 

そこから、今度は自分ですべての材料を買いそろえ、カードも1枚ずつ手で切り貼りしながらプロトタイプ(試作品)を作りました。

 

実際にいろんな方に遊んでもらいデータを取り、レポートに仕上げ、その授業の教授に読んでいただいたところ、「いいじゃないですか。来月、コンペ(賞レース)があるから出してみたらどうです?」と言っていただいて。

 

そしてダメもとで応募してみたところ、「商品化」というご褒美つきの賞をいただきました。とにかく、動く。すると出会いやチャンスがあり、そこから思わぬ道が拓けたりしますね。

 

── 開発したのはどんなゲームですか?

 

エドさん:『シンパサイズ』という即興の会話カード・ゲームです。カードには各々の設定が書かれていて2分間、役になりきり、その目的の達成を目指します。たとえばこの会話も、台本などない本番ですよね?人生にリハーサルはありませんから、失敗しないよう慎重に接します。

 

でも、ゲームなら何度でもチャレンジができます。失敗したっていい。だから“ゲーム”はとても良いツールだと思いました。この『シンパサイズ』ならたった2分間、人とのコミュニケーションや会話が苦手な方でも、その練習が遊びながらできちゃうわけです。

 

開発したカードゲーム「シンパサイズ」がカードゲームコンペで特別賞受賞

── このゲームを体験した方の反応は?

 

エドさん:小学2年生の女の子が、「これすごく面白い!」と言ってくれました。ほかにも、とても仲の良さそうな50代くらいのご夫婦から、「実際に言葉に出してお互いをほめ合ったことがなかったから、このゲームをもっと広めて!」と言っていただき、とても嬉しかったです。

 

ふだんから素直な気持ちやムリをしてでも何かを言う機会って、なかなかないですよね。でも、ゲームなら言えますよ!しかもこれは「役になりきって」ですから、楽しみながらできるんです。

 

── このカードゲーム『シンパサイズ』は、さらに大きな賞を受賞されたそうですね。

 

エドさん:はい。おかげさまで2022年にグッドデザイン賞をいただきました。じつは何年も前から、この賞にとても興味があり、いつか応募してみたいと思っていました。そこで商品化もされるこのゲームが万が一受賞できれば、「グッド」と「グ〜!」で笑っていただけるかなと(笑)。

 

でも実際は、とても厳選な審査が行われます。審査では実際の商品を審査員の方に見ていただくのですが、ここでどうアピールしたら効果的か?をよく考えました。

 

その会場では1人1~2m四方のスペースが各自に与えられ、何千もの現物が展示されます。たとえば、カードゲームのエリアでは、そのゲームだけを展示する方がほとんどでしたが、私は実際にこのゲームで楽しんでいる様子が映った動画が流れるよう大型モニターを運び入れ、審査員の目に触れられるようにしました。

 

そして自分の区画エリア内で、このゲームの楽しさを存分にアピールしたのです。とにかく、良い印象を残すことが大事だと思い、そこに最善の努力を尽くしました。

 

そして、昨春(2023年)に、筑波大学大学院の博士課程に合格しました。そちらでいま、さらに深い知識を学び、広い意味での“デザイン学”を研究しています。

 

PROFILE エド・はるみさん

17歳で映画デビュー後、約20年間女優として活動。2005年に笑いの道に転じ吉本興業の養成所へ。2008年持ちネタの「グー!」で流行語大賞を受賞。2016年4月慶應義塾大学大学院の修士課程入学。今春、筑波大学大学院博士課程に合格し、現在は、研究中心の生活を送る。    

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/エド・はるみ、吉本興業株式会社