移動式の焼きいも屋をしながら、開業講座で人にも教える『いも子のやきいも』店主・阿佐美やいも子さん。彼女のもとに集った受講生は累計2000人。なぜそこまで教えるの?「劣等感だらけだった」と話す過去が、彼女を突き動かします。

 

「これが人気の秘けつ?」クリーム色が素敵なポップなキッチンカーで販売の様子

「mixiでも拡散」わずか3か月で移動販売をスタート

── 焼きいも屋になると決めてから、わずか3か月で起業したそうですね。はじめにどんなアクションを起こしましたか?

 

阿佐美やさん:古本屋で「移動販売」の本と出合った当時は、職業訓練校の「フードサービス課」で学んでいました。そのため周りには、飲食関係の仕事をしたい人たちがたくさんいたんです。

 

私はまず彼らに「焼きいもの移動販売をやる!」と宣言しました。するとみんな「私、接客できるよ!」「ショップカードデザインするね」などと応援してくれました。

 

あとは当時(2005年)、流行っていたmixiでも拡散したんです。そこでも「こんな焼きいもが食べたい!」と意見をくれる人が大勢いて、「焼きいもにも好みがあるんだ」とメニューの考案につながりました。

 

きっと周りに反対する人がいたら、ここまでのスピード感で進めなかっただろうと思います。

 

── 周りに宣言することで、開業計画が加速したんですね。

 

阿佐美やさん:はい。宣言したあとは、リアカーで移動販売をしている人をSNSで探して、実際に会いに行きました。「どうやって始めたか」「何に苦労したか」など、話を聞いて情報収集をしたのち、私も100万円でリアカーを購入したんです。

 

リアカーのデザインは「焼きいも屋」をやると決めたときから思い描いていた、緑の屋根の可愛らしいものにしました。リアカーを引いて街を歩くと、可愛らしさが目を引いたのか、たくさんのお客さんが来てくれましたね。

 

当初は「まずい」と言われることも多かったのですが、周囲の人からのアドバイスでいもの仕入れを変えたり、いもを焼く壺を改良したりと試行錯誤していたら、2年目には月100万円を売り上げるようになっていました。

「劣等感だらけの自分」にもできることがあった

── 阿佐美やさんは、焼きいも屋になるためのノウハウを、講座や座談会などで惜しみなく発信されていますよね。

 

阿佐美やさん:お客さんから「焼きいもの売り方を教えてください」と言われたことがきっかけになりました。

 

私自身「独学だと失敗する」と学んだので(笑)、人に教えるための講座の作り方を学ぶためにセミナーに参加しました。集客の方法や値付けについても、そこで学びましたね。

 

私は焼きいも屋になるまで、ずっとアルバイトを転々としていて、自分に自信がありませんでした。でも、焼きいも屋を始めてお客さんに喜んでもらえて、劣等感だらけだった自分にもできることがあったと実感したんです。

 

可愛らしいキッチンカーに伸びる行列!子ども連れも多い

人生のレールから外れてしまったように見える私でも幸せになれる方法はある。昔の私みたいに悩んで自信をなくしている人に、私が歩んできた道のりを伝えれば、力になれるかもしれないと思ったんですよね。

 

── 阿佐美やさんの講座の累計参加者は、2000名を超えたそうですね。どんな方が受講されるのでしょうか。

 

阿佐美やさん:女性が多いですね。子育てを終えた方や離婚してシングルマザーになった方、主婦の方など、いろんな方がいます。

 

受講の理由は、「老後の楽しみとして」「自分の力で生活できるように」などさまざまです。地方から通ってくださる方もいて、受講者のうち8割は実際に起業されています。

 

なかにはリアカーや軽トラを買わずに、自分の家の軒先で焼きいもを売る方も。その方は会社員で、週末だけ焼きいも販売をしているようです。軒先販売は初期コストを抑えて気軽に始められるので良いですよね。

 

みなさん自分の働き方や生活スタイルに合わせて、焼きいも屋を開業されています。

「会社員でなくてもいい」子どもに職業選択の幅を示せたら

── ライバルが増える懸念はありませんでしたか?

 

阿佐美やさん:そんなこと考えずに始めてしまいましたが、途中で「自分の首を締めているのかも」とハッとしたことはありました(笑)。

 

私には9歳と13歳の子どもがいるのですが、いまの子どもたちって職業の選択肢を知らない子が多いなあと思うんです。個人商店は生き残りが大変だし、周りを見れば会社員ばかり。

 

「個人の焼きいも屋」でも、きちんと稼ぎながら楽しく働けるんだよ、と発信し続けることで、子どもたちの職業の選択肢も広げられるかもしれない。そのためにも、私のように楽しく働く個人が増えるべきだと思ったんです。

 

「たのしそう!」人力発電やくじ引きもできる焼きいも屋さん

── 素敵な循環ですね。今年で、開業から18年が経ちました。今後、実現したいことはありますか?

 

阿佐美やさん:夫にサラリーマンを卒業してもらうことです(笑)。夫は畑仕事が好きなのでさつまいもを栽培してもらって、それを焼きいもにして売るのが理想なんです。

 

でも、夫は「将来のことを考えると不安定だし、仕事はやめられない」の一点張り。すごく真面目で家族思いなので、レールから外れることを恐れているんです。仕事に忙殺されて、「趣味や娯楽は老後に楽しもう」と話す夫をなんとか変えたい。

 

「もっと自分のことを考えていいんだよ」と伝え続けて、いつか夫婦で焼きいも屋をやれたらいいですね。

 

PROFILE 阿佐美やいも子さん

埼玉県出身。28歳の時に、焼きいも屋『いも子のやきいも』を開業。両親の介護や、育児に奮闘しながら18年。現在は「焼き芋屋開業講座」や「芋づる式に夢を叶えるブランディング講座」を開催。2023年2月、自身初の著書となる『いも子さんのお仕事 夢をかなえる焼き芋屋さん』を出版。

 

取材・文/白石果林 画像/阿佐美やいも子